多排出セクターにおける企業のトランジション計画策定状況調査レポート - [3]鉄鋼セクター

調査の趣旨

日本では2022年4月以降TCFD提言に基づく開示がプライム上場会社に義務化されたこともあり、ネットゼロに向けた戦略や目標の開示は進んでいるが、その実現に向けたトランジションプランの策定はまだ緒についたばかりという状況である。本調査では、日本企業において、2050年ネットゼロに向けた短・中期的な計画の具体化がどの程度進んでいるのか、特に注目される多排出産業と銀行セクターを対象に調査・分析する。

レポートの内容

セクター一覧

【鉄鋼セクター調査対象企業】

 
  • 日本製鉄株式会社 

  • JFEホールディングス株式会社

  • 株式会社神戸製鋼所

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要約

各社とも電炉の導入を始めるも、高炉から電炉への転換について将来の目標を示した企業はなし。
鉄鋼業界がカーボンニュートラルを目指す上で必要となる事業変革として、高炉から電炉への転換がある。日本製鉄、JFEホールディングス、神戸製鋼の3社とも、電炉の活用を自社の脱炭素に向けたロードマップに組み込む一方、高炉の廃止や総生産量に対する電炉の導入割合など具体的な転換目標は公表していない。足元の転換計画としては、JFEが2030年までに倉敷の高炉を1基休止し大型電気炉に転換するとしている。

3社ともマスバランス方式によるグリーンスチールの供給を開始、今後の動向に注目。
需要が高まるグリーンスチールについては、各社ともマスバランス方式によるグリーン鋼材の商品化と提供を開始している。一方で、世界的に統一したグリーンスチールの定義はまだなく、そのプロセスにおける透明性や適格性などにおいて課題がある。EUの炭素国境調整メガニズム(CBAM)においてマスバランス方式による鋼材がグリーンスチールと認められるかも不明であり、今後の動向が注目されるところである。

また、マスバランスによる商品は、低排出製品が市場に出回るまでのトランジション期における代替であると理解されるが、マスバランス方式による商品供給をいつまでどの程度続けるのかといった開示は見られなかった。鉄鋼企業には国際的な動向を注視しながら、製造工程の低炭素化を進めていくことが期待される。

3社とも排出量実績はScope1〜3とも経年で開示、Scope3の目標設定は今後に期待。
3社とも、Scope1,2,3それぞれの排出実績を3〜5年の経年データで開示している。Scope3の開示カテゴリについては、いずれの企業も鉄鋼セクターで最も多いカテゴリ1について開示している点が評価できる。
一方で、Scope3排出量の目標を設定している企業はなかった。Scope3カテゴリ1はScope1+2の約20~35%に相当する大きな排出源であり、今後製造プロセスの移行計画とともに目標の設定がなされることを期待したい。
なお、各社のScope1&2の2030年目標は、日本鉄鋼連盟のそれに沿う形で、2013年度比30%以上削減というものである。



調査結果

Ambition Design
Ambition(目標設定)
 
 

全社とも2050カーボンニュートラルに向けた2030年の排出削減目標を設定、うち1社は短期目標も。

Scope1&2の2030年目標は、日本鉄鋼連盟が「2030年度のエネルギー起源CO₂排出量を2013年度比30%削減(*1)」としていることもあり、3社ともその目標に沿うかたちとなっている。目標は総量(基準年の総量に対するパーセンテージ)で設定され、原単位での目標設定は見られなかったが、IEA等のレポート(*2) によると、鉄鋼生産の直接排出原単位は2030年までに生産量当たり1t-CO₂/t未満にすることが必要とされている。各社の2021年の生産量当たりの原単位実績(t-CO₂/t)はそれぞれ日本製鉄1.88(*3)、JFE2.03 (*4) 、神戸製鋼2.2(*5)となっている。

なお、目標の対象範囲を見ると、日本製鉄は親会社と高炉・電炉を有する連結粗鋼の対象会社(一部海外を含む)、JFEはJFEスチールと国内主要子会社(エンジニアリング事業と商社事業は対象外)とし、グループ連結でのカバレッジは不明で、神戸製鋼のみがグループCO₂排出量の93%をカバーする範囲と明らかにしている。

短期目標の開示が確認できたのはJFE1社のみで、同社は第7次中期経営計画最終年である2024年度末に鉄鋼事業のCO₂排出量18%削減という目標を設定している。

Scope3目標については設定している企業はなく、3社とも高機能鋼材や製鉄プロセスの削減量を割り当てた低炭素鉄の提供などを通じた削減貢献を中長期目標に掲げる。なお、鉄鋼業のScope3では鉄鉱石やコークスなどの原料調達段階(カテゴリ1:購入した製品・サービス)排出量が多い。

 
 

1.5℃目標についてコミットしている企業はなく、1.5℃削減経路のベンチマーキングも行われていない

3社とも目標設定においてSBT認証やコミットメント、他アライアンスへの加盟などという形で明確に1.5℃コミットメントを示している企業はなかった。

また、1.5℃経路をベンチマークして排出実績と目標を示している事例も見られない。JFEは自社の取組みが経済産業省が策定したトランジション・ファイナンス鉄鋼分野における技術ロードマップに整合していることに言及し、同ロードマップは「パリ協定に基づき定められた国の排出削減目標と整合しており、(よって自社の取組みも)パリ協定とも整合するもの」としている。

 
 

高炉から電炉への転換について、将来における導入割合は不明。

鉄鋼の需要見通しは、内需は長期的に減少が進むと想定されるものの、世界全体ではアジア地域など新興国を中心に、将来にわたって増加すると見られている。そのため鉄鋼業界は生産量を増やしながら排出量を削減させなければならない。鉄鋼業界がカーボンニュートラルを目指す上で必要となる事業変革として、高炉から電炉への転換及びスクラップの利用拡大が重要となる。

製鉄プロセスでは高炉での製造工程において最も二酸化炭素が多く排出されるため、この工程での排出をいかに減らすかが課題である。世界の動向としては、高炉から電炉へのシフトが始まっている。電炉の導入・利用計画は各社の脱炭素ロードマップに組み込まれているが(次ページ参照)、総生産量に対する電炉の導入割合など数値を伴う目標は確認できなかった。IEAのネットゼロシナリオ(*6)では、電炉法が2030年に37%、2050年には53%まで増加することが予想されている。従来の高炉法が約9割を占める中国も、業界団体は2035年までに電炉比率を30%にする目標を掲げている。日本鉄鋼連盟は、鉄需要に応えるためには将来にわたって現在と同程度の鉄鉱石の還元による製鉄が必要(*9)と予測しており、電炉導入についての見通しや目標は公表していない。

電炉への転換に際しては脱炭素電力の調達が重要になるが、製鉄プロセスの文脈で電力の低炭素化について言及があったのは日本製鉄のみであった。ただし、「今後、非効率石炭火力の全廃、副生ガス火力の高効率化、外部補助燃料の非化石化、グリーン電力の購入を検討・推進していく(*7)」とするものの、時期や数値など具体的な計画は確認できなかった。

スクラップの利用拡大について数値目標を立てているのはJFEのみ。

IEAのNZEシナリオでは、鉄源におけるスクラップの使用比率は2050年に46%(*8)となっている。3社ともスクラップの利用拡大について言及はあるものの、今後どのような比率にしていくかという具体的な数値目標を立てているのはJFEだけであった。ただしJFEの目標は、高炉法の溶銑予備処理プロセスにおいて、転炉でのスクラップ比率を高め、現状12~15%から(2050年に)20%以上にするというものである。

グリーンスチールの生産量目標を示した会社はなし。

需要が高まるグリーンスチールについては、各社ともCO₂排出削減技術により創出した排出削減量をマスバランス方式により任意の製品に割り当てた鋼材の提供を開始している。今後も供給を増やしていくものと思われるが、数値目標は示されていない。グリーンスチールについては統一した定義が未だなく、透明性の高い炭素会計・認証システムが求められる(*10)。マスバランス方式は製造工程を段階的に低炭素化して低排出製品を市場に送り出す方法として移行期に活用されるものと理解できるが、より大きな変革を推進する企業の取組みとそれを後押しする政策が重要である。

Ambition Design
Action(計画実行)
 
 
 
 

3社中2社が2030年の排出削減目標達成に向けて足元3〜5年の実行計画を公表

2050年カーボンニュートラルに向けた取組みとして、各社とも、高炉水素還元(COURSE50/Super COURSE50)(*11) や水素直接還元、電炉といった新しい技術の開発を軸に据えている。上の表にまとめたとおり、各社の2050年に向けたロードマップを見ると、いずれも2050年までに開発と実機化を目指す大まかなものとなっている。技術ごとの導入量や排出削減見込みは公表されていない。

削減手段ごとの排出削減目標は示されていないが、一部短期の実行計画が確認できた。例えば、日本製鉄は2022年10月より瀬戸内製鉄所広畑地区に新設した電炉の商業運転を開始、さらに技術開発本部波崎研究開発センター(茨城県神栖市)に小型電気炉を設置し、2024年度から試験を開始するとしている。また、高炉水素還元について、君津地区第2高炉を用いた実証試験を2026年1月から開始する計画である(*12)。一方、高炉から電炉への転換については九州製鉄所八幡地区及び瀬戸内製鉄所広畑地区を候補地として本格検討を開始する(*13)とする一方、具体的なタイムラインは示されていない。同様に、JFEは、2024年度に仙台の電気炉製造能力を増強、また、2025年度下期に東日本製鉄所(千葉地区)第4製鋼工場に新たにアーク式電気炉の導入を計画。さらに2027~2030年に改修タイミングを迎える倉敷地区の高炉を1基休止し、大型電気炉への転換を検討している(*14)とし、新たなニュースが待たれる 。

高炉の休止について各社とも中長期の計画は確認できなかったが、国内事業のコスト削減の文脈から、日本製鉄は2022年までに休止した4基に加え、2024年末までに1基を休止する計画。JFEと神戸製鋼については、今後の計画は確認できなかった。

カーボンオフセットの利用については詳細が不明。

3社ともCCUSやその他カーボンオフセットを利用する予定で、開発にも積極的に関与している。一方、どの程度クレジットを利用するかなど具体的な計画については詳細が確認できない。

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Accountability(実績の開示)
 
 

各社とも、Scope1~3の経年データ(3~5年)を開示

Scope1及びScope2の排出量実績の開示に関して、日本製鉄とJFEは5年分、神戸製鋼は3年分の経年データを開示しており、集計範囲はいずれも親会社と主要事業会社を対象としている(いずれもカバレッジは不明)。排出実績を見ると、経年連続で排出量が減少している企業はなかった。近年は3社とも排出量が減少しているが、これは外部要因に起因する生産量の減少によると見られる。基準年と直近2022年度の排出量(総量)を比較すると、日本製鉄−24%、JFE−13%、神戸製鋼−20%という状況である。(3社とも目標は先述の通り、2030年に2013年比30%削減。)

Scope3についても同様に、各社とも経年データを開示している。開示カテゴリは、上流は各社ともカテゴリ1〜7を開示、下流は、神戸製鋼はカテゴリ10〜12を開示しており、カテゴリ11(販売した製品・サービス)の排出が最も多い。日本製鉄とJFEは下流がカテゴリ15(投資)のみの開示となっているが、エンジニアリング事業や商社事業等を持つためカテゴリ11の排出が多いと考えられる。
また、3社ともメタン等CO₂以外の温室効果ガスについても排出量データを公表している。
排出削減目標と役員報酬が連動しているのはJFEのみ

2023年3月に、JFEが業界他社に先駆けて、役員報酬に気候変動に関する指標を導入した。JFEスチールの役員に関しては、「省エネ/技術開発によるCO₂削減目標の達成度」と「環境配慮型商品・技術の市場導入・実装化目標の達成度」が指標として設定されている。


注釈
*1: 日本鉄鋼連盟 https://www.jisf.or.jp/business/ondanka/kouken/keikaku/

*2:  “Breakthrough Agenda Report 2022", IEA, IRENA, UN Climate Change High-level Champions https://www.iea.org/reports/breakthrough-agenda-report-2022

*3: 日本製鉄株式会社サステナビリティレポート2023 https://www.nipponsteel.com/csr/report/pdf/report2023.pdf

*4: JFEグループサステナビリティ報告書 2023 https://www.jfe-holdings.co.jp/sustainability/pdf/sustainability_2023_j_A3.pdf

*5: 神戸製鋼所 気候変動への対応 https://www.kobelco.co.jp/sustainability/climate.html

*6: IEA Iron and Steel Technology Roadmap https://iea.blob.core.windows.net/assets/eb0c8ec1-3665-4959-97d0-187ceca189a8/Iron_and_Steel_Technology_Roadmap.pdf

*7: 日本製鉄統合報告書2023, P34 https://www.nipponsteel.com/ir/library/pdf/nsc_jp_ir_2023_all_a3.pdf

*8: IEA Net Zero by 2050 https://iea.blob.core.windows.net/assets/deebef5d-0c34-4539-9d0c-10b13d840027/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector_CORR.pdf

*9: 日本鉄鋼連盟 長期温暖化対策ビジョン 『ゼロカーボン・スチールへの挑戦』https://www.jisf.or.jp/business/ondanka/zerocarbonsteel/documents/zerocarbon_steel_JISF.pdf

*10: TransitionAsiaはレポートで日本のグリーンスチールの市場と課題についてまとめている https://transitionasia.org/low-carbon-steel-development-in-japan/?lang=ja

*11: COURSE50、Super COURSE50は日本の鉄鋼業界が総力を挙げて取り組む技術開発と言えるが、削減効果はCCSへの依存を織り込んで30%程度に留まり、電炉に比べて削減効果が期待できないことをTransition Asiaのレポートが指摘している。https://transitionasia.org/low-carbon-steel-development-in-japan/?lang=ja

*12,13: 日本製鉄統合報告書2023 p.32 https://www.nipponsteel.com/ir/library/pdf/nsc_jp_ir_2023_all_a3.pdf

*14: JFEグループサステナビリティ報告書 p60,65 https://www.jfe-holdings.co.jp/sustainability/pdf/sustainability_2023_j_A3.pdf


参考資料

日本製鉄

統合報告書2023  https://www.nipponsteel.com/ir/library/annual_report.html

サステナビリティレポート2023 https://www.nipponsteel.com/csr/report/

カーボンニュートラルビジョン2050 https://www.nipponsteel.com/ir/library/pdf/20210330_ZC.pdf

気候変動対策の推進 https://www.nipponsteel.com/csr/env/warming/overview.html

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に沿った情報開示 https://www.nipponsteel.com/csr/env/warming/tcfd.html


JFEホールディングス

JFE GROUP REPORT(統合報告書)2023 https://www.jfe-holdings.co.jp/investor/library/group-report/index.html

JFEグループサステナビリティ報告書 2023 https://www.jfe-holdings.co.jp/sustainability/data/index.html

神戸製鋼所

KOBELCOグループ統合報告書2023 https://www.kobelco.co.jp/about_kobelco/outline/integrated-reports/

KOBELCO ESGデータブック2023 https://www.kobelco.co.jp/about_kobelco/outline/integrated-reports/

気候変動への対応(TCFD提言に基づく気候変動関連情報開示)https://www.kobelco.co.jp/sustainability/climate.html

(2024年3月時点の情報に基づく)


Aya Shiraishi