多排出セクターにおける企業のトランジション計画策定状況調査レポート - [7]海運セクター

調査の趣旨

日本では2022年4月以降TCFD提言に基づく開示がプライム上場会社に義務化されたこともあり、ネットゼロに向けた戦略や目標の開示は進んでいるが、その実現に向けたトランジションプランの策定はまだ緒についたばかりという状況である。本調査では、日本企業において、2050年ネットゼロに向けた短・中期的な計画の具体化がどの程度進んでいるのか、特に注目される多排出産業と銀行セクターを対象に調査・分析する。

レポートの内容

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調査項目と評価カテゴリ

【海運セクター 調査対象企業】

 
  • 日本郵船株式会社

  • 株式会社商船三井

  • 川崎汽船株式会社

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要約

3社中2社はScope1,2,3で2050年ネットゼロを目指すも、中間目標にScope3は含まれていない。
3社はいずれも国内海運と国際海運を含め、グループ連結の範囲で排出削減目標を設定している。日本郵船と商船三井はScope1,2,3で2050年ネットゼロを目標としているが、中間目標にScope3は含まれていない。川崎汽船は中長期目標ともにScope1,2での目標設定となっている。 国際海運の排出削減目標や基準を定める国際海事機関(IMO)は、2023年のGHG削減戦略改訂時にScope3まで含めた削減目標を設定した。船舶燃料は現在のところほぼ100%石油燃料であり、燃料の生産段階での排出(Scope3)が無視できない。

排出削減の約7割は代替燃料が担うシナリオ。2030年代までLNG船を主流とするが、メタン排出対策が不透明。
海運セクターでは、船舶燃料をアンモニア、水素、バイオ燃料、メタノールなどの代替燃料へ転換することが、脱炭素化の鍵になり、 各社とも2050年ネットゼロ達成においては排出削減の約7割を代替燃料が担うシナリオを描いている。代替燃料船は2024年〜2026年に初めて就航予定など緒についたばかりで、安定供給体制の構築やコストなど課題も多い。短・中期的な削減対策として3社ともに2030年まではLNG燃料船の隻数を拡大する。LNGは重油に比べて燃焼中のCO₂排出量が低減でき、供給量の予測もしやすく、当面のGHG削減対策として合理性がある。ただし、ライフサイクルの複数の時点でメタンの放出があるため、削減効果が薄い、またはLNGの製造方法やエンジン技術によっては逆効果になる可能性も指摘されている。IMOでもメタンをGHG排出量の集計対象にすることを推奨しているが、3社中、GHG排出量実績にメタンを含めているのは日本郵船のみ、メタンの対策について言及しているのは商船三井のみだった。

新エネルギー関連の輸送需要の取り込みに乗り出す商船三井。
今後、世界的に脱炭素化が進み化石燃料の需要が減少していく中で、これに代わる新エネルギー関連の輸送需要の取込みが重要となる。同時に、化石燃料を輸送していた船舶の座礁資産化リスクにも対応しなければならない。 各社の今後数年間の脱炭素関連投資額を比較すると、自社の脱炭素化に関しては3社の投資額は同程度だが、脱炭素ビジネスに関しては商船三井の投資額が突出している。同社は2035年までの長期戦略 BLUE ACTION 2035の中で、船舶燃料クリーンメタノールの調達・生産や、欧州で拡大するCCUS事業に伴うCO₂海上輸送への参入の他、洋上風力バリューチェーンへの参入を計画している。

調査結果

Ambition Design
Ambition(目標設定)

国際海運セクターはScope3まで含めた排出削減対策を重視。

3社中2社はScope1,2,3で2050年ネットゼロを目標とするが、中間目標にScope3は含まれていない。

海上輸送は世界の貿易量の約9割を担うと言われ、世界経済を支える重要なインフラの一つである。海運セクターのGHG削減対策は、国内輸送を意味する内航はパリ協定に基づく国別排出削減目標の対象であるが、外航すなわち国際海運は複数の国が輸送に関わることから、国別ではなく国際海事機関(IMO)において対策が検討されている。国際海運からの排出は世界全体の二酸化炭素排出量の約2%を占め(ドイツ一国分の排出量に相当)(*1)、排出削減対策の重要性は国際的に認識されており、IMOは2018年にGHG削減戦略を策定、2023年の改訂時には2050年に国際海運からの排出ネットゼロを目標とし、Well below 2℃水準の削減経路を示した(*2)。また、同改訂時に排出量の集計範囲はTank to Wake (船上の使用時)からWell to Wake(燃料の製造段階から船上の使用時まで)に拡大している。船舶燃料は現在のところほぼ100%石油燃料(*3)であり、燃料の生産段階での排出(Scope3)が無視できない。

3社はいずれも内航と外航を含め、グループ連結の範囲で排出削減目標を設定している。2050年の目標から見てみると、日本郵船と商船三井はScope1,2,3でネットゼロとしているが、川崎汽船はScope1,2での目標となっており、全排出量の約38%を占めるScope3(2023年度)を削減目標の対象から外している。

中間目標の置き方はそれぞれ異なる。日本郵船はScope1,2の総量で、25年、30年、35年、40年の4つのマイルストーンを設定。商船三井は、総量の中間目標は2030年のみ(Scop1とScope3の一部が対象)だが、排出効率(輸送単位あたり排出量)は短期目標として2030年までの各年、中期目標として2035年に設定している。川崎汽船はScope1と2を対象に総量・排出効率ともに中間目標は2030年のみとなっている。いずれの会社も中間目標にScope3は含まれていない(商船三井はScope3の一部)。

1社が2030年目標を1.5℃目標として設定。ベンチマークをしている企業はなし

3社とも1.5℃目標に沿ってネットゼロ達成することを掲げる海運セクターのイニチアティブ Call to Action for Shipping Decarbonization (*4)に署名している。日本郵船と川崎汽船の2社は2度目標でSBT認証を取得。さらに日本郵船は2023年に見直しした2030年目標が1.5℃目標に整合するとして、1.5℃認証の取得を目指すとしている。1.5℃経路をベンチマークしている企業はなかったが、先ほど見たようにいずれの会社も中間目標にScope3が含まれていないことから、Well to Wakeを前提とするIMO目標や主要なシナリオとの比較が難しいと考えられる。

環境・脱炭素関連投資額を比較すると機会の捉え方に違いが鮮明
今後、世界的に脱炭素化が進む中で化石燃料の需要が減少し、これに代わる新エネルギー関連の輸送需要の取込みが重要となる。同時に、化石燃料を輸送していた船舶の座礁資産化リスクにも対応しなければならない(*5)。各社のシナリオ分析から、このような事業環境の認識があることは見てとれるが、機会の捉え方には違いがある。表1に各社の今後数年間の脱炭素関連投資額を示した。自社の脱炭素化に関しては3社の投資額は同程度だが、脱炭素ビジネスに関しては商船三井の投資額が圧倒的に多い。また、2030年以降の事業ポートフォリオ計画の開示についても、商船三井は2035年までの長期戦略 BLUE ACTION 2035の中で、各事業の財務計画とともに、脱・低炭素化に対応するアクションプランを開示している。エネルギー事業では、船舶燃料クリーンメタノールの調達・生産や、欧州で拡大するCCUS事業に伴うCO₂海上輸送への参入の他、洋上風力に関しては、作業船や輸送船の提供のみならず、海洋調査、建設、メンテナンスなどバリューチェーン全体への参入を計画している点で他の2社と異なる。

Ambition Design
Action(計画実行)

低・脱炭素燃料船の開発を進めながら、2030年代までLNG船を主流とする

海運セクターでは、船舶燃料の重油をアンモニア、水素、バイオ燃料、メタノールなどの代替燃料へ転換することが脱炭素化の鍵になり、各社とも2050年ネットゼロ達成においては排出削減の約7割を代替燃料が担うシナリオを描いている。各社の燃料転換計画を図1に示した。

代替燃料船は2024年〜2026年に初めて就航予定など、緒についたばかりで、安定供給体制の構築やコストなど課題も多い。短・中期的な削減対策として3社ともに2030年まではLNG燃料船の隻数を拡大する。LNGは重油に比べて燃焼中のCO₂排出量が低減でき、供給量の予測もしやすく、当面のGHG削減対策として合理性がある。ただし、LNGはライフサイクルの複数の時点でメタンの放出があるため、削減効果が薄い、またはLNGの製造方法やエンジン技術によっては逆効果になる可能性も指摘されている(*6)。LNG船を拡大するのであれば、メタンの排出量やその対策についても説明がほしいところだが、メタンの対策(メタンスリップへの対応)について言及しているのは商船三井のみだった。

足元の削減対策としては燃費の改善や効率運航(減速、最適航路、風力推進等)が主となる。日本郵船は2030年までに実行する削減手段ごとの削減量を投資対効果と合わせて示した。商船三井はアクションの進捗を測るためのKPIを公表しており、2030年までに代替燃料の割合5%、再エネ割合100%などが含まれる。

Ambition Design
Accountability(実績の開示)

排出量実績の開示の課題はCO₂以外のGHG(メタン、亜酸化窒素)の集計

3社とも、Scope1、Scope2(マーケット基準とローケーション基準)、Scope3(合計値)を経年で開示しており、日本郵船が3年間、商船三井が4年間、川崎汽船が5年間のデータとなっている。

集計範囲は3社とも連結対象の子会社を含め、商船三井と川崎汽船は連結売上高ベースのカバレッジを示している(それぞれ、97%、ほぼ100%と記載)。

Scope3のカテゴリ別の排出量については、商船三井が上流から下流まで該当する全てのカテゴリを経年データで開示、日本郵船は非開示のカテゴリがあるが経年データを示している一方、川崎汽船は非開示カテゴリがあり、かつ直近年度のみの開示となっている。石油・LNGなど船舶燃料の生産過程の排出にあたるカテゴリ3は3社とも開示している。

集計対象としたGHGの種類は、商船三井と川崎汽船はCO₂のみ、日本郵船はScope1,2の集計においてエネルギー起源のメタン(CH4)及び亜酸化窒素(N₂O)も含めている。前述の通り、3社ともLNG船を拡大する方向であり、IMOの方針を鑑みても、Scope3も含めメタンを集計対象に加えるべきだろう。

3社中2社が役員報酬の指標に排出削減目標を採用

商船三井と川崎汽船は役員報酬と排出削減目標が連動している(商船三井は2024年度から適用。2035年を目標年とするCO₂排出原単位の削減率を取締役の単年度業績報酬に加味、川崎汽船は取締役の中長期業績連動報酬にCO₂排出効率の改善度を採用)。日本郵船は取締役等の業績連動報酬の指標にESG指標を採用しているが、排出削減目標との関連性は不明である。


注釈

*1: 一般社団法人日本船主協会「日本の海運 2050ネットゼロへの挑戦」https://www.jsanet.or.jp/report/nenpo/nenpo2021/text/shiryo9-2-2.pdf

*2: 2023 IMO Strategy on Reduction of GHG Emissions from Ships https://www.imo.org/en/OurWork/Environment/Pages/2023-IMO-Strategy-on-Reduction-of-GHG-Emissions-from-Ships.aspx

国際クリーン交通委員会(ICCT: The International Council on Clean Transportation)は、2023年版IMO目標はWell below 2℃はクリアしているものの1.5℃はクリアしていないと指摘している。https://theicct.org/marine-imo-updated-ghg-strategy-jul23/

*3: IEAの統計データ Energy consumption in international shipping by fuel in the Net Zero Scenario, 2010-2030 https://www.iea.org/data-and-statistics/charts/energy-consumption-in-international-shipping-by-fuel-in-the-net-zero-scenario-2010-2030-2

*4: Getting to Zero Coalition / Call to Action for Shipping Decarbonization https://www.globalmaritimeforum.org/getting-to-zero-coalition

*5:The Kühne Climate Center and the UCL Energy Institute,“Fossil fuel carrying ships and the risk of stranded assets in the transition to a low-carbon economy”,May 2024  https://www.kuehne-stiftung.org/newsroom/archive/new-study-on-fossil-fuel-carrying-ships-and-the-risk-of-stranded-assets-in-the-transition-to-a-low-carbon-economy-released-by-the-kuehne-climate-center-and-the-ucl-energy-institute

*6: 国際クリーン交通委員会(ICCT) https://theicct.org/lng-could-pull-international-shipping-off-its-decarbonization-course-jan24/

参照資料

日本郵船

NYKレポート 2023 https://www.nyk.com/esg/nyk/

TDFD提言に基づく開示 https://www.nyk.com/esg/envi/tcfd/

NYK Group Decarbonization Story https://www.nyk.com/esg/envi/decarbonization/

中期経営計画 Sail Green, Drive Transformations 2026 https://www.nyk.com/profile/pdf/sail_green_2026.pdf

ESGデータブック2022 https://www.nyk.com/esg/esg-data-book/

環境負荷データ https://www.nyk.com/esg/envi/data/

商船三井

MOLレポート 2023, 2024 https://ir.mol.co.jp/ja/ir/library/integrated_report.html

気候変動対策 / TCFD提言に基づく開示 https://www.mol.co.jp/sustainability/environment/tcfd/

商船三井グループ経営計画 BLUE ACTION 2035 https://ir.mol.co.jp/ja/ir/management/plan.html

環境ビジョン2.2 https://www.mol.co.jp/sustainability/environment/vision/pdf/vision22/mol_group_environmental_vision_2.2.pdf

環境データ https://www.mol.co.jp/sustainability/data/

川崎汽船

“K”Line Report 2023 https://www.kline.co.jp/ja/ir/library/report.html

気候変動への対応 https://www.kline.co.jp/ja/sustainability/environment/climate_change.html

2022年度中期経営計画 https://www.kline.co.jp/ja/ir/management/strategy.html

ESGデータブック2023 https://www.kline.co.jp/ja/sustainability/esg_data.html

(2024年9月時点の情報に基づく)


Aya Shiraishi