多排出セクターにおける企業のトランジション計画策定状況調査レポート - [4]自動車セクター

調査の趣旨

日本では2022年4月以降TCFD提言に基づく開示がプライム上場会社に義務化されたこともあり、ネットゼロに向けた戦略や目標の開示は進んでいるが、その実現に向けたトランジションプランの策定はまだ緒についたばかりという状況である。本調査では、日本企業において、2050年ネットゼロに向けた短・中期的な計画の具体化がどの程度進んでいるのか、特に注目される多排出産業と銀行セクターを対象に調査・分析する。

レポートの内容

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海運セクター
化学セクター
銀行セクター
調査項目と評価カテゴリ

【自動車セクター調査対象企業】

 
  • トヨタ自動車株式会社(トヨタ)

  • 本田技研工業株式会社(ホンダ)

  • 日産自動車株式会社(日産)

  • 三菱自動車工業株式会社(三菱)

  • スズキ株式会社

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要約

5社中4社が2050年にライフサイクルでのカーボンニュートラルを目標とする。
スズキを除く4社は、2050年にはScope1〜3を含めたライフサイクル/全サプライチェーンにおける排出量を実質ゼロとすることを目標に掲げている。自動車は走行時の排出が最も多いが、新車からの平均CO₂排出量については5社全てが目標を設定している(バウンダリは異なる)。

トヨタと日産はSBT認証を取得しており、トヨタは2035年までのScope1,2総量削減目標で1.5℃基準、2030年までのScope3カテゴリ11の排出原単位目標(対象は小型乗用車と大型貨物トラック)でWell below 2℃基準の目標を設定している。日産は2030年までのScope1,2の総量削減目標と、Scope3カテゴリ11の排出原単位目標がWell below 2℃基準と認定されている。

5社中4社は電動車販売比率目標を掲げる。3社は内燃機関自動車の廃止を示さず。
三菱は2035年に、ホンダは2040年に電動車販売比率を100%にすることを目指している。(対象は四輪車。三菱の「電動車」にはHEV*・PHEV**が含まれるが、2035年頃にはBEV***を主力にする計画。ホンダはBEVにFCVを加えて100%を目指す。)日産、スズキは電動車販売比率目標を掲げるも、内燃機関自動車の廃止には触れず、トヨタは電動車販売目標は台数で提示し、比率目標は設定していない(レクサスを除く)。また同社は、合成燃料(eFuel)やバイオ燃料、液体水素を活用した内燃機関自動車の開発を進めている。

5社中3社は役員報酬の指標に排出削減目標や気候変動関連指標を含んでいない。
排出削減目標と役員の報酬が連動しているのは三菱1社だった(中長期業績連動報酬の指標に事業活動CO₂排出量を含めている)。日産は業績連動報酬の評価指標にCDPのランキングを採用している。冒頭(P.3)にも記載したサステナビリティ開示基準が適用されると、時価総額3兆円以上のトヨタ、ホンダ、スズキは2027年3月期か遅くとも2028年3月期から、気候関連の評価項目を役員報酬に組み込む方法について開示義務が課される見込みである。

*HEV: Hybrid Electric Vehicle(ハイブリッド車)
**PHEV: Plug-in Hybrid Electric Vehicle(プラグインハイブリッド車)
***BEV: Battery Electric Vehicle(電気自動車)


調査結果

Ambition Design
Ambition(目標設定)
 
 

5社中4社は2050年の長期目標をライフサイクルでのカーボンニュートラルと掲げる

自動車完成車メーカーにおけるCO₂排出量削減目標には、Scope1〜3ではなく、LCA(Life Cycle Assessment)の視点で各段階のCO₂削減を図る指標が使われている。これは、クルマの燃費性能を評価する上では、従来から内燃機関をもつエンジン車の燃料充填から走行段階までにあたるTank to Wheel (*1)というバウンダリが使われており、後にこれがカーボンフットプリントの観点から、燃料を充填する前の燃料採掘・製造・輸送の段階を追加したWell to Wheel(*2)、さらにはクルマの製造に関わる全ての工程をカバーするLCA(*3)と、クルマの環境性能を測るバウンダリがライフサイクル全体に拡大してきた経緯があると考えられる。また、これらは各メーカーの事業戦略と整合的な指標が選択されてきた結果でもある(下の項目を参照)。

スズキを除く4社は、2050年にはScope1〜3を含めたライフサイクル/全サプライチェーンにおける排出量を実質ゼロとすることを目標に掲げる(スズキの2050年目標は販売台数あたり原単位で2016年度比80%削減)。

Scope1,2については、マイルストーンの指標は各社異なり、2030年目標は以下のようになっている(Scope3については次ページ参照)。指標の単位はスズキ以外の4社が総量を採用、スズキのみ原単位を採用している。

 
 

5社全てが2030年と2050年目標を設定、2030年目標のマイルストーンとなる短期目標も公表しているのは2社に留まる

Scope1~3のマイルストーン目標の設定年は、ホンダ・日産・三菱は2030年のみ、トヨタ・スズキはこれに加えて2025年目標も公表している。

目標の対象範囲は、トヨタ・ホンダ・日産の3社はグループ連結(トヨタは財務連結以外のトヨタブランドの生産における排出も含むとしている)。三菱は環境マネジメント対象会社20社、スズキは製造子会社のうち国内の4社と海外の15社を含んでいるが、カバレッジが確認できないため、両社は「親会社と主要事業会社」と判定した。

新車平均CO₂排出量のバウンダリは、2社がTank to Wheel、3社がWell to Wheel と分かれる

Scope1,2の指標が各社各様であるのに対し、Scope3にあたる指標は5社全てがほぼ一様に、新車からの平均CO₂排出量(単位走行距離あたり、gCO₂e/km)を採用している(Scope3のカテゴリ11に該当。販売した製品の使用時、すなわち車の走行時の排出にあたり、自動車セクターの排出源の中で最も多い)。

ただし、バウンダリには違いが現れた。図1に示した通り、ホンダ・三菱がTank to Wheel(*4)、トヨタ・日産・スズキはWell to Wheelを採用している。Tank to Wheelは、燃料が充填されてから走行段階までのCO₂排出量だけを対象にするため、電気自動車 (BEV)ではCO₂排出はゼロとなる。Tank to Wheelで指標を設定したホンダと三菱は、長期的にBEVを主力にすることを電動化目標で明らかにしている(次ページ表1参照)。ホンダは2040年に四輪車については電動車(BEV・FCV)のグローバルでの販売比率を100%にすることを目指しており、三菱も2035年に電動車販売比率100%が目標である(三菱の「電動車」にはHEV・PHEVが含まれるが、2035年頃にはBEVを主力にするロードマップを描いている)。

日本では2020年に国土交通省が、乗用車の2030年度燃費基準をWell to Wheelで評価することを定めており、トヨタ・日産・スズキの3社はこれに準じたとも考えられる(*5)。

世界的には、欧州がLCA規制に乗り出したため(*6)、今後排出量の評価ではLCAが主流となる可能性があるが、トヨタ・ホンダ・日産・三菱の4社はすでに「2050年にライフサイクルでカーボンニュートラル」を目標に設定しているのは前述の通りである。

 
 
 
 
 
 

5社中2社がSBTの認証により1.5℃目標へのコミットメントを公表。ベンチマークはなし。

1.5℃目標へのコミットメントでは、トヨタと日産がSBT認証を取得している。トヨタはScope1,2の総量を2035年までに2019年比で68%削減する目標が1.5℃基準に、Scope3カテゴリ11の排出原単位を2030年までに2019年比33.3%(小型乗用車)、11.6%(大型貨物トラック)削減する目標がWell below 2℃基準に合致、日産は2030年までにScope1及びScope2の総量を2018年比で30%削減、Scope3カテゴリ11の原単位を32.5%削減するという目標がWell below 2℃基準に合致すると認定されている。しかし、この2社を含めて5社いずれも1.5°C経路のベンチマーキングについては開示が確認ができなかった。

5社中4社は2030年の電動車販売比率目標を公表。うち2社が新車販売における電動化100%を2035年、2040年頃に設定。

2030年以降の事業ポートフォリオ計画は、製品の電動化目標について、営業利益率など財務目標の有無、販売比率目標の有無、販売台数目標の有無を確認した。結果は、トヨタを除く5社中4社は販売比率目標を公表、ホンダについては販売比率に加えて営業利益率など財務指標での目標が確認できた。トヨタはBEVの販売台数目標のみ公表、全体に占める構成比での目標とはしていない。

グローバルでは2021年のCOP26で、自動車セクターとして「世界のすべての新車販売について、主要市場で2035年、世界全体では2040年までに、EV等ゼロエミッション車とすることを目指す」との共同声明が出された(*7)。日本はこれに署名せず、政府は「2035年までに乗用車の新車販売で電動車100%」を目標としているが(*8)、電動車にはBEV/FCEVのほか、PHEV/HEVが含まれている。三菱は2035年に、ホンダは2040年に新車販売における電動化比率100%を目指すとし、残る3社はICE車廃止の年限を公表していない。

「公正な移行」の観点では、2030年以降の事業ポートフォリオ計画に関連して、雇用の課題に言及している例は少数である。トヨタは、水素エンジンが雇用を守るための選択肢の一つだと言及しているほか、日産が「公正な移行」に言及しているが、具体的な取り組みは確認できない。

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Action(計画実行)
 
 
 
 

足元の実行計画を具体的に開示しているのは5社中2社。削減手段ごとの削減目標が確認できる会社はない。

トヨタとスズキは製品のCO₂削減と事業からのCO₂削減を環境計画としてまとめており、2025年を目標年として取り組みの進捗を報告している。削減手段ごとの削減目標を公表している会社は見られなかった。

各社の製品関連のカーボンニュートラル計画を表2に示した。トヨタは「全方位戦略」と公言する通り、電動(BEV/FCEV/PHEV/ HEV)の種類は全てをカバーし、燃料電池に使われる水素の製造や、カーボンニュートラル燃料の開発にも、他セクターと共同して取り組んでいる。ホンダはBEVとFCEVの二本立てで、自社開発の燃料電池システムを、自社のクルマだけでなく定置用電源や建設機械など他産業へ展開する計画をもつ。日産と三菱は、BEVを拡充しつつ、V2Gの実証実験(日産)やバッテリーの二次利用事業(日産・三菱)など、社会インフラとしてのEV/バッテリー戦略を描く。スズキは軽自動車・小型車向けのEV開発と、インドでのEV/HEV市場拡大に注力している。

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Accountability(実績の開示)
 
 

Scope1,2の排出量実績について5社中4社はグループ連結で集計、第三者保証は5社全てが取得

Scope1及びScope2の排出量実績は、5社全てが経年データで開示している。集計範囲を見ると、環境マネジメント対象会社に絞った三菱を除く4社はグループ連結。スズキは、目標の対象範囲は製造部門(親会社国内工場+製造子会社4社+海外製造子会社15社)だが、排出量実績は非製造部門も含めて算出している。また、5社全てがScope1,2排出量データの第三者保証を取得している。


自動車の走行時の排出を示すScope3 カテゴリ11(販売した製品の使用)は5社全てが開示、4社が第三者保証を取得。

Scope3の排出量実績については、5社全てが経年データを開示しているが、日産はScope3合計値での開示で、カテゴリ別データの開示は直近年度のみである。集計範囲は、ホンダ・日産・スズキの3社はScope1,2と同じグループ連結、トヨタはグループ連結内の自動車事業に絞った。三菱はカテゴリによって集計範囲が異なる。

Scope3のカテゴリ別の開示では、トヨタと日産が全カテゴリを開示、ホンダ・三菱・スズキは一部のカテゴリだが、自動車セクターで最も排出の多い自動車走行時の排出量を指すカテゴリ11は5社全てが開示している。また、三菱を除く4社が少なくともカテゴリ11には第三者保証を受けている。

5社中3社は役員報酬の指標に排出削減目標や気候変動関連指標が含まれていない。

排出削減目標と役員の報酬が連動しているのは三菱1社で、中長期業績連動報酬の指標に事業活動CO₂排出量を含めている。日産は業績連動報酬の評価指標にCDPのランキングを採用している。


注釈
*1: Tank to Wheelは、自動車単体のエネルギー効率やCO₂排出量などを評価するバウンダリで、内燃機関の自動車(ICE車)の燃料タンクからホイール、つまり走行段階までを指す。電気自動車(EV)の場合は、燃料タンクではなく駆動用バッテリーを想定する。

*2: Well to Wheelは、自動車に装填されるエネルギーの採掘・生産・輸送の過程まで含めた効率や環境性能を評価するためのバウンダリ。ICE車の場合は、原油採掘・輸送、燃料の生産・輸送過程を含む。EVの場合は、発電に必要な化石燃料の掘削・輸送、燃料生産、発電、送配電までを含む。

*3: LCAは、Well to Wheelの範囲に加えて燃料以外の素材の調達や、製品の廃棄・リサイクル過程を含む。

*4: ホンダのバウンダリは明確に確認できないが「製品使用時の(CO₂排出原単位)」との記載から TtoWと判断した。

*5: 日本のエネルギーは火力発電比率が高いため、クルマの走行時のみならず、上流の燃料生産や発電まで考慮してICE車と電動車、ハイブリッド車等のCO₂削減効果を比較する必要があると判断された。

*6: 欧州の「Fit for 55」施策の一環として、2035年に新車の乗用車及び小型商用車については排出量ゼロとする法案が可決され、排出量はLCAで評価することとされた。これを受けて、欧州委員会が 2025年までにEU市場で販売される乗用車及びバンのLCAでのCO₂排出量を評価・報告するための方法を策定することとなっている。

*7: Accelerating to Zero coalition の呼びかけで、各国政府、自治体、自動車関連企業や金融機関等が署名。https://acceleratingtozero.org/

*8: 経済産業省作成資料「各国の電動化目標」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/xev_2022now.html

参考資料

トヨタ自動車

統合報告書 2022, 2023 https://global.toyota/jp/ir/library/annual/?padid=ag478_from_header_menu

Sustainability Data Book 2023 https://global.toyota/jp/sustainability/report/sdb/?padid=ag478_from_right_side

本田技研工業

Honda Report 2023 https://global.honda/jp/sustainability/integratedreport/?from=navi_header_drawer_global_jp

Honda ESG Databook 2023  https://global.honda/jp/sustainability/report/?from=navi_header_drawer_global_jp

TCFD提言への対応 https://global.honda/jp/environment/TCFD/

日産自動車

サステナビリティレポート 2022 https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2022/

ESGデータブック 2023 https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2023.html

Nissan Ambition 2030(長期ビジョン) https://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PLAN/AMBITION2030/

ニッサングリーンプログラム 2023 https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/ENVIRONMENT/GREENPROGRAM/

三菱自動車工業

サステナビリティレポート 2023 https://www.mitsubishi-motors.com/jp/sustainability/esg/report/index.html

2023-2025年度 中期経営計画 “Challenge 2025” https://www.mitsubishi-motors.com/content/dam/com/ir_jp/pdf/financial/2023/230310-1.pdf

スズキ

統合報告書 2023 https://www.suzuki.co.jp/ir/library/annualreport/

サステナビリティレポート 2022, 2023 https://www.suzuki.co.jp/about/csr/report/

スズキ中期経営計画 (2021年4月~2026年3月) https://www.suzuki.co.jp/ir/library/forinvestor/pdf/plan2021.pdf

(2024年6月時点の情報に基づく)


Aya Shiraishi