多排出セクターにおける企業のトランジション計画策定状況調査レポート - [6]空運セクター
調査の趣旨
日本では2022年4月以降TCFD提言に基づく開示がプライム上場会社に義務化されたこともあり、ネットゼロに向けた戦略や目標の開示は進んでいるが、その実現に向けたトランジションプランの策定はまだ緒についたばかりという状況である。本調査では、日本企業において、2050年ネットゼロに向けた短・中期的な計画の具体化がどの程度進んでいるのか、特に注目される多排出産業と銀行セクターを対象に調査・分析する。
レポートの内容
【空運セクター 調査対象企業】
全日本空輸株式会社
日本航空株式会社
要約
2030年目標は両社同水準、ANAはWell below 2℃でSBT認証を取得。コロナ禍以前の水準に戻った旅客航空需要は、今後2050年にかけて世界全体で増加する見通しである。需要拡大に応えながら脱炭素を進める必要のある国際航空分野は、国際民間航空機関(ICAO)を中心に削減目標の設定や脱炭素に向けた取組みを進めている。ICAOは2022年に国際航空でのCO₂排出を実質ゼロにする長期目標を採択、ANA、JALの2社も2050年ネットゼロを掲げている。航空会社では、航空機の運航によるCO₂排出(Scope1)がScope1,2排出量合計の99%、Scope1,2,3排出量合計の約80%を占める。両社の2030年目標は、航空機の運航による排出を2019年度比10%削減というものである。JALはこれに加え足元2025年までの削減目標も設定している。 ANAは、Scope1とScope3カテゴリ3(ジェット燃料の生産・精製・流通による排出にあたり、主なScope3排出源)を対象とした2030年目標設定において、SBTiのWell below 2℃認証を取得している。
SAF重視のANAと技術革新重視のJAL、2050年ネットゼロに向けたロードマップに明確な違い。
両社の2050年ネットゼロ達成に向けたロードマップを比べると、ネットゼロ達成のための削減手段において異なるシナリオを持っていることが分かる。2050年の削減貢献量について、ANAはSAFの活用で70%、航空機等の技術革新と運航上の工夫で20%削減、ネガティブエミッション技術で10%と、SAFの貢献度が大きくなっている。一方JALは、省燃費機材への更新で50%、SAFの削減貢献量は45%、運航の工夫で10%と、技術革新による削減割合を高く設定している。
航空業界の脱炭素の鍵を握るSAFをめぐる動向に注目。
航空セクターにおいてはSAFの技術革新が脱炭素において重要な役割を果たす。政府はGX基本方針において2030年にエアラインによる燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を設定、グリーンイノベーション基金やGX債を活用したSAF製造技術開発や設備の構築、税制控除等の支援策を設定している。ANA、JAL両社もこの目標を共有している。さらに経済産業省は今年6月末、2019年度に国内で生産・供給されたジェット燃料のGHG排出量の5%相当以上というSAFの供給目標量を設定し、石油元売りの大手企業を対象に2030年以降のSAFの供給を義務付ける規制案を示した(*2)。石油各社はSAF生産拡大を目指し動き出しているが、原料の確保、コスト、CORSIA適格燃料認証など課題は多く、官民・セクター間連携による取組みが必須である。世界各国でもSAFの利用義務化が進んでおり、今後もSAFをめぐる動向を注視していく必要がある。
調査結果
両社とも2050ネットゼロを掲げ、2030年目標を設定、JALは2025年目標も
国際航空セクターにおける削減目標の設定やルール作りは、国連の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)により進められている。ICAOは、2050年ネットゼロ、2050年まで年平均2%の燃費改善、そして2020年以降GHG排出を増やさないことを目標に掲げている。削減手段のひとつとして、ICAOは国際⺠間航空のためのカーボン・オフセット及び削減スキーム(CORSIA)を設定。2024年以降、国際線を有する航空会社は、2019年のセクター排出量の85%を基準として、定められたルールに沿ってオフセット義務量が割り当てられる(*1)。
ICAOの削減目標に沿う形で、2社とも2050年の排出量実質ゼロを掲げ、2030年の中期目標を設定している。航空会社では、航空機の運航によるCO₂排出がScope1,2排出量合計の99%、Scope1,2,3排出量合計の約80%を占める(2022年実績ではANA79%、JAL82%)。
2030年目標は、ANAが航空機からの排出を2019年度比実質10%以上削減(実質排出量約1,110万トン以下)、航空機以外からの排出を2019年度比33%以上削減と設定、JALはScope1排出量を2019年度比10%削減、Scope2排出量を2013年度比50%削減としている。なお、各社の2019年の航空機からの排出実績は、ANAが1,233万トン、JALが909万トンである。IEAのネットゼロ排出経路に整合するには、航空部門は2030年までに2019年比で23%削減する必要がある(*2)。
JALは、上記目標に加え、現行の中期経営計画の最終年となる2025年目標を設定。内容は、Scope1を2019年度未満、Scope2を2013年度比33%削減、有償トンキロ当たりCO₂排出量0.8187kg-CO₂/RTK等としている。
なお、目標設定の範囲について、グループ会社のカバー率については2社とも詳細が確認できなかった。
Scope3の削減目標については、ANAはScope1との合計値でSBT目標に含んでいる(後述)。航空セクターのScope3の排出においては、ジェット燃料の生産・精製・流通による排出にあたるカテゴリ3(Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー活動)が多く、SBTiはこのバリューチェーン上流の排出(Well to Tank)とジェット燃料の燃焼による排出(Tank to Wake)を合わせたWell to Wakeでの目標設定を求めている(*3)。JALについてはScope3削減目標は確認できなかった。
ANAはSBT認証を取得、JALもコミット
ANAは2022年に、2030年目標についてWell below 2℃のSBT認証を受けている。その内容は、2030年までにScope1とScope3カテゴリ3(Well to Wake)の温室効果ガス有償輸送トンキロ(RTK)当たり排出量原単位を2019年比で29%削減 (目標値 0.658 kg-CO₂/RTK)、また、その他のソースからのScope1、2排出量総量を2019年比27.5%削減するというものである(*4)。JALも2022年にSBTの認定取得にコミットしており、今後のターゲット設定が注目される。
一方、1.5℃排出経路のベンチマーキングをしている企業はなかった。TPI(*5)によると1.5℃シナリオにおける平均排出原単位(kg-CO₂/RTK)は2020年1.202、2025年1.071、2030年0.616であり、2020年実績ではANAが1.21、JALが1.3763とベンチマークに届いていない。目標では、JALの2025年目標はベンチマークをクリアしているが、上記ANAの2030年目標は1.5℃排出経路に乗っていない。
JALは最新鋭機材の導入を目的にトランジションボンドを利用した資金調達を実施
IEAのNZEシナリオによると、旅客航空需要は世界全体で2020年から2050年にかけて3倍以上に増加すると想定(需要管理を実施しない場合)(*6)。日本航空機開発協会の予測では、世界の旅客需要は2042年まで年平均3.4%、貨物需要は4.1%で増加すると予測している(*7)。エアラインは、需要回復・拡大に応えながら脱炭素を進める必要がある。
ESG分野への資源配分をみてみると、JALは2023年-2025年のESG投資額6,500億円のうち60%を省燃費機材の導入や空港車両の電動化など環境分野に当てる計画となっている。2022年からこれまでに、最新鋭機材の導入を資金使途とした4本のトランジションボンドを発行、合計1,100億円を調達した。また、同様の資金使途で265億円のトランジションリンクローンによる借入を実施している。
ANAは、2023年-2025年に航空機関連に1,500億円の設備投資を計画しているが、脱炭素関連の投資額は確認できなかった。
2050年ネットゼロに向けたロードマップには明確な違い
両社の2050年ネットゼロ達成に向けたロードマップを比べると、削減手段において異なる絵を描いていることが分かる(図1)。2050年の削減貢献量について、ANAは航空機等の技術革新と運航上の工夫で20%削減、SAFの活用で70%、ネガティブエミッション技術(NETs)(*8)で10%と、SAFの貢献度が大きい。一方JALは、SAFの削減貢献量は45%とし、運航の工夫で10%、省燃費機材への更新で50%と、技術革新による削減割合を高く設定している。
2社とも排出削減手段ごとの削減目標を公表
ICAOは、2050年までに平均2%の燃費効率改善と2020年以降国際航空全体のCO₂排出量を増加させないことを目標に掲げ、その手段として①新型機材等新技術の導入、②運航の工夫、③SAFの活用、そして①~③を補完するための④排出権取引の活用をあげており、削減手段については両社ともこれに沿う形となっている。手段ごとの削減目標については、両社とも2030年と2050年時点(JALは2025年時点も公表)の、対策を行わない場合の想定排出量を基準にした削減割合を開示しているが、想定排出削減量の具体的な数値は開示がない。
ANAは、2030年にそれぞれの手段での削減目標を、①+②で15%、③6.5%、④11.5%、加えて、NETsの利用で1%としている。さらに2050年には①+②20%、③70%、NETs10%の割合で実質ゼロを目指す。JALは、2030年は想定排出量は1,000万トンほどと見られ、うち①120万トン、②10万トン、③70万トンで、合計200万トンの削減を目指している。2050年には、対策を取らなかった場合の想定排出量およそ1,200万トンのうち①50%、②5%、③45%により実質ゼロを目指すとしている。
2030年に燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を2社で共有
航空セクターにおいては、SAFの技術革新が脱炭素の鍵を握っている(*9)。政府はGX基本方針において2030年にエアラインによる燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を設定(*10)。ANAとJALも同目標を共有し、共同声明を出している(*11)。一方、現在の世界のSAF供給量は需要のわずか0.03%であり、ケロシンとの価格差は約3倍という状況である(*12)。サプライチェーンの観点からも国内でのSAF製造が必要とされるが、原料の確保、製造コスト、CORSIA適格燃料認証(*13)などの課題があり、産業を超えたステークホルダー、そして官民が連携して取り組む必要がある。なお、原料への言及や食料との競合の回避に関する言及は両社ともになかったが、海外でのSAF調達においてはこの点に配慮しているとみられる(*14)。
カーボンオフセットについては2024年以降CORSIAが義務化
2024年以降、CORSIAに基づき、加盟国の国際線を有する航空会社には2019年の排出量の85%を超過する分についてオフセット義務が課される。両社とも今後CORSIA適格クレジットの調達が課題となるが、現時点ではCORSIA対応の詳細は述べられていない。
両社ともScope1~3の経年データ(4~5年)を開示
各社の環境データを見ると、ANAは過去5年間、JALは4年間のScope1及びScope2、Scope3の排出量実績を開示している。ANAはScope3の全てのカテゴリ、JALは一部カテゴリについて開示がある。一方、集計範囲については、ANAはScope1,2の主な項目については親会社と主要事業会社を対象をしているが、Scope3については確認ができなかった。JALはScope1〜3ともに親会社とグループ会社7社を対象範囲としている。
第三者保証の付与状況をみると、両社とも直近2022年度のデータに対して第三者保証を取得している。保証対象では、ANAはScope1,2及びScope3のすべてのカテゴリに加え、航空機由来Scope1、地上設備及び自動車由来GHG、SAF由来GHGが対象となっており、Scope1,2とScope3開示カテゴリの一部を保証対象としているJALに比べやや充実している。
排出量実績は、両社ともパンデミックの影響で2020年は前年の半分以下であったが、それ以降需要の回復と共に増加しており、2019年水準に近づいている。
航空セクターでは、CO₂以外の人為的な排出物の気候変動への影響が指摘されており、欧州では開示の義務化も議論されている。現状、ANA、JAL共に、NOx、HC、COについて経年での開示がある。
両社とも排出削減目標と役員報酬が連動
両社とも、有償トンキロあたりのCO₂排出量を取締役の業績連動報酬の評価指標のひとつに組み込み、排出削減がインセンティブとなっている。
注釈
*1: Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation (CORSIA) 国際航空のための炭素オフセットと削減のための枠組み。日本を含め115か国が参加。国際線の運航によって発生するCO₂排出量の算出と提出を義務化、また、2019年の国際航空全体の排出量の85%を基準として、オフセット義務量を参加国の航空会社に割り当てる制度。2021年から2023年のパイロット期間を経て、2024年から自発的に参加を表明した国を対象とした第1フェーズがスタート、2027年からの第2フェーズではICAO加盟国全ての参加が義務づけられる。https://www.icao.int/environmental-protection/CORSIA/Pages/default.aspx
*2: IEA Net Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector https://iea.blob.core.windows.net/assets/deebef5d-0c34-4539-9d0c-10b13d840027/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector_CORR.pdf
*3: SBTi, Science-based target setting for the aviation sector https://sciencebasedtargets.org/resources/files/SBTi_AviationGuidanceAug2021.pdf
*4: SBTiターゲットダッシュボード https://sciencebasedtargets.org/companies-taking-action#dashboard
*5: Transition Pathway Initiative(TPI)はアセットオーナーによるグローバルなイニシアチブ。TPIセンターはロンドンスクールオブエコノミクスに拠点を置き、投資家への情報提供を目的に低炭素経済への移行に向けた企業の進捗状況を評価している。TPI Carbon Performance assessment of airlines https://www.transitionpathwayinitiative.org/publications/101.pdf?type=Publication
*6: IEA Net Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector https://iea.blob.core.windows.net/assets/deebef5d-0c34-4539-9d0c-10b13d840027/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector_CORR.pdf
*7: 日本航空機開発協会 http://www.jadc.jp/data/forecast/
*8: 大気中からCO₂を回収・貯留・固定化するネガティブエミッション技術(NETs)
*9: IATA(国際航空運送協会)は、SAFによって二酸化炭素排出量を80%削減することができるとしている。また、航空セクターが2050年までにネットゼロを達成するために必要とされる排出量削減分の約65%が、SAFによるものになると試算。
https://jp.weforum.org/agenda/2023/01/jp-aviation-net-zero-emissions/
*10: GX実現に向けた基本方針参考資料 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_3.pdf
*11: ANA,JAL共同リリース https://press.jal.co.jp/ja/items/uploads/3059c97ab7940c1df9a902a67397fbd443a97b00.pdf
*12: 経済産業省 SAF及びバイオエタノールの現状と今後の展開について https://www.jora.jp/wp-content/uploads/2023/09/20230929_METI.pdf
*13: 国際航空において SAF による削減効果を主張するには、SAF製造に係るGHG排出量をはじめ様々なサステナビリティ基準を満たし、CORSIA適格燃料として認証される必要がある。
*14: ANAは、NESTE社の他、製鉄所や製油所などの排ガスを原料にするLanzaJet社、都市ごみ等の廃棄物を原料に使うRaven社から調達。JALは、獣脂を原料とするAemetis社、非食用トウモロコシを原料とするGevo社、及びRaven社からSAF調達をしている。
参照資料
全日本空輸
ANA統合報告書2023 https://www.ana.co.jp/group/investors/irdata/annual/
ANAグループ環境データ https://www.ana.co.jp/group/csr/data/pdf/environment_e_230316.pdf
環境データに関する第三者保証 https://www.ana.co.jp/group/csr/data/pdf/lr_j_230316.pdf
日本航空