多排出セクターにおける企業のトランジション計画策定状況調査レポート - [8]化学セクター

調査の趣旨

日本では2022年4月以降TCFD提言に基づく開示がプライム上場会社に義務化されたこともあり、ネットゼロに向けた戦略や目標の開示は進んでいるが、その実現に向けたトランジションプランの策定はまだ緒についたばかりという状況である。本調査では、日本企業において、2050年ネットゼロに向けた短・中期的な計画の具体化がどの程度進んでいるのか、特に注目される多排出産業と銀行セクターを対象に調査・分析する。

レポートの内容

セクター一覧

【化学セクター 調査対象企業】

 
  • 三菱ケミカルグループ株式会社

  • 住友化学株式会社

  • 三井化学株式会社

  • 旭化成株式会社

  • 東ソー株式会社

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要約

5社すべてが2050年カーボンニュートラルを掲げ中間目標を設定。Scope3の目標設定及びSBT認証取得は住友化学のみ。
Scope1とScope2の排出削減目標については、5社全てが2050年カーボンニュートラルを掲げ中間目標として2030年目標を策定している。一方、基準年の設定が、三菱ケミカルは2019年、東ソーは2018年、その他3社は2013年と異なっており、野心度の比較は難しい。5社のうち、Scope3の削減目標を設定しているのは住友化学のみであった。各社の直近のデータを見ると、Scope3排出量が全体の排出量に占める割合は、住友化学と東ソーが約4割、三菱ケミカル、三井化学、旭化成は7割以上と高く、特にカテゴリ1(購入した製品・サービス)と12(製品の破棄)が重要な排出源となっている。 住友化学はまた、唯一SBT認証(Well below 2℃)を取得している。

石油化学事業は再編が進み、各社が石化事業に頼らないポートフォリオの構築に取り組む。
調査の対象としている5社はいずれもナフサクラッカーを有する総合化学メーカーである。化学セクターでは、石油化学工業からのCO₂排出量がセクター全体の排出量の約50%に相当すると言われるが、脱炭素の流れに加え国際的な需給バランスの崩れ、それによる業績悪化から、石化事業の再編が議論されている。三菱ケミカル、三井化学、旭化成の西日本での連携、住友化学、三井化学、丸善石油化学、出光興産の東日本での連携が発表されている。こうした中各社は石化事業に頼らないポートフォリオの多角化に取り組んでおり、三井化学は石化事業の他ヘルスケア、モビリティ、ICTに、旭化成は蓄エネルギー、水素、CO₂ケミストリー等の分野に注力するとしている。

各社の排出削減手段は2030年までは省エネが中心、それ以降は新技術の利用による削減を計画。
各社の排出削減計画を見ると、2030年までは自家発電や購入電力の低炭素化、省エネなど現状の取組の継続が多く、それ以降2050年ネットゼロに向けて、水素・アンモニアやCCUSなど技術革新を伴う取組みが増している。旭化成と東ソーが削減手段ごとの目標を設定しているが、他3社についてはそれぞれの取組みによってどの程度の削減を見込んでいるか不明である。 原料としても化石燃料を多く使用する化学セクターの脱炭素においては、リサイクルも重要な取組みのひとつである。時間軸や数値を伴う目標は確認できなかったが、各社がマテリアル/ケミカル/カーボンリサイクルにおいて取組みを始めている。三菱ケミカルはENEOSと共同で廃プラスチックの油化設備を建設、また、人工光合成の技術開発にも取り組んでいる。三井化学も廃プラスチックを原料とする誘導品の製造を開始、旭化成は使用済みポリスチレンを分解し原料に戻す技術の実証に取り組んでいる。産学官連携による技術革新が期待される分野である。

調査結果

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Ambition(目標設定)

5社すべてが2050年カーボンニュートラルを掲げるも、中間目標は様々
調査対象企業5社も加盟する日本化学工業協会は、2050年カーボンニュートラルに向けた2030年目標として、2013年度比で32%削減を掲げている(*1)。また、IEAのネットゼロシナリオでは、化学セクターのCO₂排出量は数年以内にピークを迎え、2030年には2022年比で18%削減されるとしている(*2)。

Scope1とScope2の排出削減目標については、5社全てが2050年カーボンニュートラルを掲げ、中間目標として2030年目標を策定しているが、それ以外のマイルストーンを示している会社はなかった(三菱ケミカルはサステナビリティ指標に2025年のGHG排出削減目標を含んでいるが、基準年、対象範囲共に中長期目標と異なるため、ここではマイルストーンと見なしていない)。いずれも基準年度比での2030年度排出量の削減目標を総量で設定しているが、基準年や目標値は以下の通り様々である。カッコ内に2022年時点の進捗度を合わせて記載する。

 
 

Scope3排出削減目標を設定しているのは1社のみ

Scope3については、住友化学が排出削減目標を設定している。2030年度末までにグループ主要会社のカテゴリ1(購入した物品・サービス)及びカテゴリ3(Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー関連活動)の排出量を2020年度比で14%削減するという内容である。

なお、いずれの企業も環境貢献製品の提供によりライフサイクルでの温室効果ガス削減に貢献するとし、以下の通りこうした製品の売上収益比率等の目標を設定している。環境貢献型製品の定義は各々で行われており、目標設定や進捗を社会に訴求するためにはその定義の妥当性が重要であり、算定の考え方や結果の理解を促進する開示が求められる。

 
 

住友化学がSBT認定(Well below 2℃)を取得

目標へのコミットメントにおいては、住友化学がSBT認定(Well below 2℃)を取得している。そのターゲットは、2030年までに2020年度比でScope1+2排出量を35%削減、Scope3は上記の通りカテゴリ1と3の排出量を14%削減するというものである。今後1.5℃認定の取得を期待したい。

石化事業は低炭素技術・設備で複数社が連携するコンビナート再編が進む

石化に頼らないポートフォリオの高度化・多角化にも取り組む

化学セクターでは、石油化学工業からのCO₂排出量がセクター全体の排出量の約50%に相当する(*3)。国際的な脱炭素の流れに加え、中国・インドの設備増強による需給バランスの崩れなど、市場の先行き不透明感が強まり、各社とも石化事業の再編とポートフォリオの高付加価値化や多角化に取り組む。

石化事業の再編では、三菱ケミカル、三井化学、旭化成は西日本のエチレン設備でバイオマスなど低炭素燃料への転換で協力することを2024年5月に発表した(*4)。東日本の京葉地区でも、住友化学、三井化学、丸善石油化学、出光興産が連携し、グリーン燃料の調達やリサイクル、次世代技術の導入などに取り組む(*5)。

事業ポートフォリオ改革では、三井化学は2030年に向けて、ヘルスケア、モビリティ、ICT、ベーシック&グリーンマテリアルズ(旧 石化事業)の4分野に再編し、全事業分野を通じてサーキュラーエコノミー型のビジネスモデル構築を目指す。旭化成は、蓄エネルギー、水素関連、CO₂ケミストリーを含む10事業を成長分野と特定し、2030年度にはグループ全体の営業利益の70%を生み出すことを目指す。東ソーはコモディティ事業(石化)に対して成長事業と位置付けるスペシャリティ事業で2030年に営業利益1,000億円を目指している。

石油化学の燃料転換は協議や実証段階、原料の炭素循環については他セクター・政策との連携が課題

石油化学工業では、燃料としてだけではなく原料として化石燃料を多く使用するため、燃料転換に加え原料(炭素)の循環利用が模索されている。

燃料転換についての各社の取り組みを見てみると、自家発電燃料の石炭からLNG、さらに将来的にアンモニアへの転換、購入電力の再エネ化、アンモニア専焼、バイオマス専焼などの計画があるが、新技術に関しては協議や実証の段階である。実装の期限を明確にしている例としては、三井化学が他社と共同でナフサクラッカーの燃料をメタンからアンモニアに転換する実証実験を2021年から実施、2030年の専焼を目指している。また、東ソーは自家発電の石炭ボイラー6基のうち1基についてバイオマスを主燃料とする設備に置き換え2026年度から稼働する予定で、他のボイラーについても混焼を開始している。なお、アンモニアはサプライチェーンが長くエネルギーロスが大きいことから、電化を優先すべきだとの指摘もある(*6)。海外の大手3社(BASF、SABIC、リンデ)は2024年、大規模な電気加熱式スチームクラッカーの実証プラントの稼働を開始した(*7)。

炭素循環においては、住友化学が2030年までに製造プロセスに使用するプラスチックのうち20万トン/年を再生資源に置き換えるという目標を設定している。その他4社も、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルについて取組みを進めているが(次ページ参照)、時間軸や数値を伴った計画は確認できなかった。
資源の回収と再利用については、品質やコスト、プロセスにかかるエネルギー消費など課題も多くあり、他セクターと連携して取り組む必要があると同時に、消費者や自治体の役割、政策による取組み促進が重要である。

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Action(計画実行)

2030年に向けて削減手段ごとの数値目標を設定しているのは2社

各社の排出削減計画を見ると、2030年までは自家発電や購入電力の低炭素化、省エネなど現状の取組の継続が多く、それ以降2050年ネットゼロに向けて、水素・アンモニアやCCUSなど技術革新を伴う取組みが増している。削減手段ごとの削減目標について開示があったのは旭化成と東ソーで、旭化成は自家発電の低炭素化(水力、太陽光と、火力発電のバイオマス混焼)で約30万トン、購入電力の非化石化で10~20万トン、プロセス由来の排出抑制で10~20万トン削減という目標。東ソーは基準年に対し30%削減するという2030年目標に向け、発電設備の燃料転換で22%、省エネ投資で5%、CO₂原料化で3%の削減を目指している。その他の企業については、取組みごとの削減目標の開示は確認できなかった。

リサイクルの取組みについて見ると、三菱ケミカルはENEOSと共同で茨城事業所に廃プラスチックの油化設備を建設、また、2030年までに使用済みアクリル樹脂を利用したケミカルリサイクルの実装を目指している。三井化学は廃プラスチック熱分解油を原料として使用し国内初のマスバランス方式によるケミカルリサイクル由来の誘導品の製造を開始、旭化成もグループ会社で使用済みポリスチレンを分解し原料に戻す技術の実証に向けて取り組んでいる。また、CO₂を原料として再利用するカーボンリサイクル技術では、産学官の連携により人工光合成(*8)の開発が進められており、三菱ケミカルが積極的に取り組んでいる。これらリサイクル技術は化学セクターの排出削減において重要であり、今後低炭素製品の需要が高まることも予想されることから、技術革新が期待される。

カーボンオフセットやネガティブエミッション技術の利用についての詳細は現時点ではなし

カーボンオフセットの利用については、三菱ケミカルは2030年以降、植林や再生可能資源への投資を通じたオフセットを計画、東ソーは干潟保全活動支援を通じてJブルークレジットを購入しているが、購入量や自社排出削減に組み込んでいるか等の詳細は確認できない。
各社ともCCUSなどネガティブエミッション技術(NETs)の利用について触れているが、NETsによりいつどの程度の削減を見込んでいるかといった詳細は示していない。三井化学は唯一、脱炭素に向け事業ポートフォリオ転換等で80%以上の削減、残り20%について2030年以降CCUS等NETsの導入を行うという計画を開示している。


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Accountability(実績の開示)

5社全てが、Scope1とScope2及びScope3の排出量の経年データを開示

Scope1とScope2の排出量実績の開示について、三菱ケミカル、三井化学、東ソーはスコープごとに過去3年以上の経年データを開示しているのに対し、住友化学と旭化成はスコープごとの開示は直近年のみで、過去データはScope1+2の合算値となっている。排出量が継続的に減少している企業はなかった。

化学セクターはサプライチェーンが非常に複雑であるが、5社ともScope3の全15カテゴリの経年データを開示している(三井化学のみ直近年のデータの開示が調査時点で確認できない)。三菱ケミカル(77%)、旭化成(79%)、三井化学(71%)の3社はScope3の排出が全排出量の70%を超えており、特にカテゴリ1(購入した製品・サービス)、カテゴリ11(製品の使用)、カテゴリ12(製品の廃棄)の排出量が多い。一方、住友化学と東ソーはScope1が全体の50%を占めている。

データの集計範囲を見ると、三菱ケミカルは全てのデータについてグループ売上収益の84.7%、住友化学と旭化成はScope1と2についてそれぞれ同99.8%、77.7%とカバレッジを明らかにしているためL1.グループ連結と判断している。その他、三井化学がScope3について単体と明記するほかは、算出範囲に含む社数や社名が開示されているものの、売上高等におけるカバレッジは不明である。

5社中3社で、排出量削減と関連した役員報酬の規定あり

役員報酬がGHG排出削減目標と連動していると確認できたのは、三菱ケミカル、旭化成、三井化学の3社である。


注釈
*1: 一般社団法人日本化学工業協会 カーボンニュートラル https://www.nikkakyo.org/work/global_warming

*2: IEA Energy System, Industry,Chemicals https://www.iea.org/energy-system/industry/chemicals  IEAのネットゼロシナリオはScope3(製品の使用や廃棄)も含む。

*3: 経済産業省 化学産業の現状と課題 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/010_04_00.pdf?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTAAAR0bNRWAODNgpM4JoQsfIwDR9LeX_O4obNJrHfi7S5CVvPPtF4Xmixoga6Q_aem_4juR7jPKbR3ymE4Pdeka8Q
*4: 西日本におけるエチレン製造設備のカーボンニュートラルに向けた三社連携の検討開始について https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2024/2024_0508_1/index.htm

*5: 化学工業日報 京葉地区、石化4社で再編 https://chemicaldaily.com/archives/444111

*6: 自然エネルギー財団 石油化学の脱炭素化への道筋 https://www.renewable-ei.org/activities/reports/20231212.php
*7: BASF、SABIC、Lindeの3社、世界初の大規模電気加熱式スチームクラッカーの稼働開始を発表 https://www.basf.com/jp/ja/media/news-releases/global/2024/05/p-24-177

*8: 太陽光を利用し水を分解して水素を取り出し、これを工場などから排出されるCO₂と合成させることでプラスチックなど化学製品の原料となるオレフィンを生成する技術。CO₂を資源として使うことにより排出を削減するとともに、化石資源への依存を減らすことが期待される。なお、人工光合成の研究を進める「人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)」には三菱ケミカルのほか三井化学も参画している。

参照資料

三菱ケミカルグループ

KAITEKI REPORT 2023 https://www.mcgc.com/ir/library/kaiteki_report.html
2022年度データ集 https://www.mcgc.com/sustainability/data22.pdf

住友化学

住友化学レポート2023 https://www.sumitomo-chem.co.jp/ir/library/annual_report/
サステナビリティデータブック2023 https://www.sumitomo-chem.co.jp/sustainability/information/library/
2022-2024年度中期経営計画 https://www.sumitomo-chem.co.jp/ir/event/files/docs/220609.pdf

三井化学

三井化学レポート2023 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/ir/library/ar/index.htm
三井化学グループESGレポート2023 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/ir/library/ar/index.htm
VISION2030事業戦略説明会https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2023/event_231212.pdf

旭化成

旭化成レポート2023年版  https://www.asahi-kasei.com/jp/ir/library/asahikasei_report/
サステナビリティレポート2023 https://www.asahi-kasei.com/jp/sustainability/basic_information/library/report/pdf/sustainability_report2023jp.pdf


東ソー

東ソーレポート2023 https://www.tosoh.co.jp/csr/report/
TOSOH CSR Reporting 2023 https://www.tosoh.co.jp/csr/report/
GHG排出量・エネルギー使用量の実績 https://www.tosoh.co.jp/csr/environment/climate_emission/

(2024年9月時点の情報に基づく)

Aya Shiraishi