多排出セクターにおける 企業のトランジション計画策定状況調査レポート2025 海運セクター
調査の趣旨
KSIでは2023年、日本企業において移行計画の具体化がどの程度進んでいるのかを明らかにするため、多排出産業と銀行セクターを対象に移行計画策定状況調査を実施、公表した。調査からは、排出量の実績についての開示は進んでいる一方、科学的な根拠に基づいた1.5度目標の設定と排出経路の提示、排出削減目標を達成するための特に短期的な実行計画、Scope3の削減目標設定などにおいて課題があることが分かった。今後はより野心的な目標への更新に加え、計画の履行状況と目標の達成状況が問われていくことになる。
これを踏まえ、第2回目となる本調査では、移行計画の全体像を把握することに重点をおいた前回調査の視点を踏襲しつつ、実行計画の履行状況、排出量削減実績、そして事業ポートフォリオや資本配分等の計画が移行計画に整合するものであるかという視点により注目して調査を実施した。さらに、海外企業と比較をすることで、日本企業の現状や課題を捉えることを試みた。
調査対象企業
・日本の電力企業の時価総額及び排出量に基づき選定した5社
・比較分析対象として、時価総額、排出量、所在国、TPI*2による評価に基づき選定した海外企業4社
日本郵船株式会社
株式会社商船三井
川崎汽船株式会社
(参考海外企業)
A.P. Møller – Mærsk A/S
Evergreen Marine Corporation (Taiwan) Ltd.
Key Findings
Scope1&2 排出削減目標 (指標 1.1.1)
海運においては船舶運航における化石燃料使用が重要な排出源
ネットゼロ目標はMaerskが他社に先行し2040年で設定、他4社は2050年。中間目標の設定状況は各社で異なる
日本郵船とMaerskは総量目標のみ。商船三井、川崎汽船、Evergreenは排出効率目標も設定
Scope3 排出削減目標 (指標1.2.1)
調査対象5社のうちMaerskのみがScope3単独の排出削減目標を設定
日本郵船、商船三井は2050年ネットゼロ目標の達成をScope1,2,3の合計で目指す
排出削減目標の野心度(指標1.3)
TPI評価によると短期・長期目標は5社とも1.5℃シナリオ整合とされるも、中期目標でも1.5℃整合は1社のみ、2社が2℃未満整合、1社が公表政策シナリオ、1社がシナリオ範囲外の評価
SBT認証では、日本郵船と川崎汽船が過去に2℃認証取得も、更新なし。Maerskは2024年に1.5℃認証取得
事業ポートフォリオ計画(指標1.4)
日本企業3社は総合海運としての強みを活かし新規事業を拡大方向へ。いずれも洋上風力や水素・アンモニア等の新エネルギー分野におけるプラントエンジニアリングを含むバリューチェーン参画や、LNGインフラ事業開発に注力する計画
Maerskは海運企業から総合物流企業への進化を進め、Evergreenはコンテナ輸送の高度化に注力する
Scope1&2 排出削減実績(総量)(指標2.1)
直近3年間の排出実績は、日本企業では日本郵船と商船三井が減少傾向だが、3年間継続して減少しているのは商船三井のみ
2030年排出量目標を達成する上では、日本郵船・商船三井とも今後削減ペースの加速が必要。
海外企業ではMaerskが直近3年間の排出量減少傾向だが年平均0.8%削減のペースに留まる。Evergreenは大きく増加
原単位目標を持つ商船三井、川崎汽船、Evergreenはいずれも目標に向け排出効率が改善
Scope3 排出削減実績)(指標2.2)
調査対象企業5社とも経年で実績を開示、いずれもそれぞれ主要排出カテゴリをカバー
直近3年間では5社とも増加傾向にある
日本企業3社は持分法適用会社ONEの統合によりカテゴリー15が最大の排出源。Maerskはカテゴリー4、Evergreenはカテゴリー3がそれぞれScope3の48%を占める
内部炭素価格の適用(指標2.3)
日本企業3社はいずれも内部炭素価格を導入。日本郵船と商船三井は投資案件分析に適用する短、中、長期の価格設定を開示
海外企業2社では、Maerskは投資案件分析に内部炭素価格を活用する一方、Evergreenは未導入
排出削減目標と役員報酬の連動 (指標2.4)
日本企業3社は排出量の指標と報酬が連動
Maerskは運航効率指標EEOIを指標に採用。Evergreenは削減目標と報酬の連動が確認できない
実行計画と履行状況 (指標3.1):燃料転換
日本企業3社は2030年までLNG船を拡大後、2050年に向けアンモニアを中心とした代替燃料船へ段階的に転換
Maerskはメタノール燃料戦略を取り、メタノール船を2030年までに計38隻投入予定。Evergreenはメタノール/LNG燃料船を2030年までに計60隻新造する計画
カーボンオフセットの利用 (指標3.3)
日本郵船、商船三井、Maerskの3社は直接削減を優先し、直近目標達成のためにオフセットは利用しない方針
日本郵船と商船三井は2030年までのCDRクレジット調達を具体化
資本配分 (指標3.4)
日本企業3社は脱炭素化を成長機会と捉え、燃料転換と脱炭素ビジネスに数千億円規模を投資
海外企業2社については、Maerskは早期コミット戦略、Evergreenは実証済み技術優先でリスク抑制を図る
考察
IMOは「2023 IMO GHG削減戦略」で、2050年ごろまでに国際海運のGHG排出総量をネットゼロにする目標を明記し、その目標達成のためのマイルストーンとして2030年までに2008年比20~30%、2040年までに70~80%削減という目安を定めている。また、2030年までに単位輸送当たりのCO2排出を40%削減すること、ゼロエミッション燃料を5~10%導入することを目標に掲げる。さらに、対象とするGHG排出について、Tank-to-Wake(船舶からの直接排出)だけではなく、Well-to-Wake(燃料生産から船舶運行まで)に拡大、燃料の製造・輸送・貯蔵からの排出も含むライフサイクル全体とすることとなった。
調査対象とした企業では、Maerskが他社に先行し2040年、他4社は2050年のネットゼロ目標を掲げ、総量または原単位でのマイルストーン目標を設定している(p.12参照)。基準年が異なるため単純比較はできないが、MaerskはTPI(Transition Pathway Initiative)によるカーボンパフォーマンス評価において唯一、短中期ともに1.5℃シナリオ評価を得ている他、SBTiの1.5℃認証も取得し野心的な目標を掲げていると言える。日本企業3社については、中期の評価で日本郵船と川崎汽船が2℃未満、商船三井がシナリオ範囲外である。脱炭素へのコミットメントを示すため日本企業も多く取得しているSBT認証では、日本郵船と川崎汽船が2℃認証を取得しているものの、これは過去の目標においてであり、今後最新の目標での取得更新が期待される。
一方で、各社の直近3年間のScope1,2排出削減実績を見ると、継続的に削減しているのは商船三井のみであった。日本郵船とMaerskは総じて削減傾向にはあるものの、増加に転じた年があった。川崎汽船とEvergreenは3年で増加している。
海運セクターにおいては、主に自社運航船からの排出であるScope1への対応が優先されており、Scope3の排出削減目標設定については、相対的に重要度が低いと考えられる。しかしながら、前述のようにIMOが排出規制の対象範囲に燃料上流(Scope3カテゴリ3に該当)を含めたことや、船舶の建造(Scope3カテゴリ2に該当)において近年グリーンスチールの採用がはじまるなど、今後海運セクターにおいてもScope3が注目されていく可能性がある。各社の目標設定状況を見ると、日本郵船と商船三井は2050年ネットゼロ目標にScope3も含めることを明言しているが、マイルストーン目標は設けていない。今回の調査対象企業の中でScope3単独の削減目標を定めているのはMaerskのみであった。
Scope3の排出量実績については開示カテゴリは各社異なるが、全社とも直近3年間で増加傾向にある。
なお、海運セクターにおいては、自社保有・運航船の他に、傭船、貸船(*1)といった形態があり、企業が直接運航していない場合は排出量はScope3として計上される。このような事情から、Scope1の把握と目標設定だけでは本来十分ではなく、船舶に関する排出として傭船と貸船に関わる排出量の開示と目標設定が、透明性向上のためには求められる点にここで言及しておきたい。
海運の排出効率の指標は、船舶運航時における単位貨物重量・輸送距離あたりの排出量を示すエネルギー効率運航指標 (EEOI: Energy Efficiency Operational Indicator)が広く用いられ、SBTiの海運セクターガイダンスやIEAのネットゼロシナリオ(NZE 2050)でも採用されている。一方で、こうした排出効率指標には開示の法的義務はなく、今回調査対象とした5社を見ても、船隊全体の平均値を開示している企業はあるものの、船舶または船種ごとのデータは開示がない。しかしながら、船種や船舶サイズごとの排出効率と保有数、運航状況などが海運企業の移行計画において重要な情報であることは間違いなく、投資家の関心はそこにあるとも言えるだろう。
日本海事協会の調査(2*)によれば、2025年12月末時点の総トン数5,000トン以上の就航船舶約4万隻のうち、代替燃料船は2.5%、そのうち約74%がLNG燃料船で、これにLPG船(15%)、メタノール船(10%)が続く。発注隻数では、約5,700隻のうち代替燃料船は20.8%で、そのうち56%をLNG船が占め、以下メタノール船26%、LPG船12%、アンモニア船4%という状況である。
海運セクターの脱炭素施策においては、代替燃料への転換が鍵となり最重要であるが容易ではない。特に総合海運である日本企業3社はドライバルク、エネルギー、自動車など様々な貨物に対応し、これらの貨物特性に応じて、船種、航路距離、運航形態が異なるため、最適な代替燃料も異なる。そのため、燃料転換戦略においては、本調査で比較対象として取り上げたコンテナ船を専業とする海外2社とは状況が異なることに留意が必要と思われる。
燃料転換について、日本企業3社はいずれも2030年頃まではLNG燃料船の導入を進め、その後2050年にかけては縮小、一方、アンモニアをはじめとするゼロエミッション燃料船を2030年以降拡大していく計画だ。アンモニアは政府としても力を入れている分野であり、それに沿う形となっている。各社は、アンモニア以外にも、メタノール、水素、バイオ燃料など幅広いオプションを検討している。一方で海外企業はメタノールへの移行を進めているようだ。Maerskはメタノールを中核に据え、メタノール対応船の建造を進めるとともにグリーンメタノールの長期供給契約を結ぶなど先行投資を行ってきた。しかし2025年以降、メタノール一本の戦略からLNGを活用する戦略に変更している。背景にはグリーンメタノールの供給不足という大きな課題がある。
メタン、メタノール、アンモニア、水素といった低炭素燃料は絶対的な供給不足にある。DNV Maritime Forecast to 2050によると、2030年の全産業向け低炭素燃料供給量(70〜100Mtoe(*3, *4)に対し、海運セクターだけで50Mtoeの需要が見込まれている。海運セクター、航空、化学産業など複数のセクターが、限られた低炭素燃料を巡る燃料争奪戦に直面することになる。
さらに、代替燃料のインフラ整備も課題である。アンモニア、メタノール、水素等の代替燃料対応船の建造や技術革新が進む一方、燃料供給インフラは世界的に未整備である。UNCTAD(国際貿易開発会議)によれば、2050年までの船舶の脱炭素化には年間80億〜280億ドル、さらにインフラ整備には280億~900億ドルが必要だが、投資は圧倒的に不足している(*5)。
以上のように、代替燃料の大規模な拡大は一企業だけの取組みでは難しく、不確実性を緩和し投資を促す意味でも行政によるイニシアティブ、支援が不可欠で、金融機関、造船所、燃料供給事業者を含む業界横断的な協調が必要となる。
今後、FuelEU Maritime規制に加え使用燃料のGHG強度規制(GFI規制)が導入されると、燃料転換は技術・環境整備上の側面だけでなくコスト対応の上でクリティカルになっていく。IMOが定める規制値を達成しなかった場合、超過排出量に応じてペナルティーの支払いが求めらるからだ。そして規制値は年々厳格化される見込みだ。代替燃料の導入にあたっては、従来燃料に比べ高いコストが指摘されるが、日本海事協会の調査では、2035年頃にはGHG規制コストが燃料コストに匹敵し、その後上回る可能性が示されている(*1)。
世界中で事業を行う国際海運では、地政学的リスクがビジネス、そしてサステナビリティに大きな影響を与える。2023年末以降、紅海情勢の悪化により多くの船舶がスエズ運河経由を回避し、喜望峰ルートへの迂回を余儀なくされた。この結果、航行距離と燃料消費が増加し、結果として海運のCO₂排出量にも影響を及ぼした。本レポート執筆中にも、米国・イスラエルとイランによる戦争でホルムズ海峡が事実上封鎖され、エネルギー輸送に大きな支障をきたしている。このような地政学的リスクは今後も継続する可能性が高く、コストの問題以上に事業そのものを揺るがす脅威となり得る。また、脱炭素の文脈においては、企業の排出削減努力が打ち消されてしまう。
また、海運セクターの脱炭素化において政治的不確実性が高まっている。昨年10月のIMO海洋環境保護委員会では、燃料規制やゼロエミッション船に対するインセンティブ制度を盛り込んだネットゼロフレームワークの採択が期待されていたが、米国の断固とした反対と対抗措置の発表により、採決も行われないまま、1年の延期となり閉会した。大きな方向性は変わらないと思われるものの、燃料基準や経済措置の内容が消極的なものになる可能性もある。こうした不透明性は企業の投資判断と事業計画を難しくする。
海運企業においては、リスク管理はもとより、地理、エネルギー、事業におけるポートフォリオ転換の検討がますます必要とされるのではないだろうか。
海運セクターは、輸送需要を受け止め経済活動を下支えする役割がある一方、脱炭素を軸に産業構造が変化する大きなうねりのなか、自らが成長分野を見極め、経済活動を促していく側でもある。海運各社は今後どの分野に成長機会を見出し、どういった周辺・新規事業に注力しようとしているのだろうか。
日本企業3社はいずれも世界的なLNG需要が当面続くと見ており、LNG輸送の中長期契約の獲得をねらい投資を続けている。川崎汽船は、LNG輸送船を2026年度には足元の47隻から65隻まで拡大、さらに2030年には75隻へ拡大する計画である。
また、日本郵船は従来の原油・石油製品輸送事業のほか、FPSO(浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)やドリルシップなど、石油・ガスの上下流を支えるバリューチェーンに広く参画している。当面需要が続く化石燃料関連事業の縮小や資産の入れ替えといった計画は、各社の開示からは見られない。
一方で、新規貨物・新規事業領域としては、3社共通して、洋上風力発電や水素・アンモニアなど次世代エネルギーのバリューチェーンをあげている。洋上風力関連事業については、日本郵船は作業員輸送船の運航や送電網の増強に向けたケーブル敷設船の設計を進める。商船三井は、洋上風力事業への理解を深めることを目的に、台湾での洋上風力発電プロジェクトに参画。社員の派遣や作業船の提供などを行っている。また、ドライバルク事業において風車関連の部材の海外輸送に注力し始めているという。川崎汽船は、洋上風力発電支援事業として海洋地質調査事業をスタートさせている。次世代エネルギーについては、日本郵船は世界中で大量生産が可能で価格低減の余地が大きいという仮説のもとアンモニアに力を入れ、複数のグリーンイノベーション基金事業にも参画、川崎汽船は液化CO2輸送に乗り出し、欧州で本格的なCCS向け商業輸送を開始するなど動きが見られる。このように各社は、総合海運企業から、海運を軸としてエネルギーやインフラへと事業領域を拡張している。今後も、社会のエネルギー転換を支える周辺事業の拡大が予想される。
各社が燃料転換を進め、代替燃料対応船の建造を進めていることに関連し、資産ロックインリスクにも触れておきたい。
船舶のように寿命の長い資産には移行リスクがある。船舶の運航期間は20〜25年と長く、既存船の早期廃棄は経済的に非現実的である。前頁で触れたとおり、現状、代替燃料対応船の就航はごく一部に限られ、既存船隊は依然として化石燃料に依存している。また、現在日本企業3社はLNG燃料船を増やしているが、船舶建造のリードタイムは2〜3年、投資回収期間は10〜15年を要することを踏まえると、2025〜2026年の発注決定が2050年ネットゼロ目標達成を左右する。各社の2030年までのLNG燃料船導入計画を見ると、日本郵船はLNGとLPG燃料船を合わせて29隻、商船三井はLNGとメタノール船を合わせて90隻、川崎汽船はLNG燃料船を35隻に拡大する。いずれの企業も2030年以降は縮小する計画としているが、船舶の解撤や座礁資産リスク回避についての計画等を示している企業はない。今後規制の導入・強化が見込まれるなか、LNG船だけでなく現在大半を占める従来化石燃料船の座礁資産リスクへの対応猶予も限られていることは言うまでもない。
同様のリスクは、各社が導入を拡大するLNG輸送船についても言える。Kühne Foundationの2024年の調査によれば、 LNG輸送船の発注残高は356隻で、これは既存船隊の輸送能力の55%を占める。足元のLNGタンカーの平均船齢は7年と言われる。一方でLNGタンカーは法定耐用年数や物理的寿命の観点から約30年という長い残存寿命を有すること、そして今後追加で市場に投入される追加輸送能力により、2035年ごろまで需要が継続するとしても、LNG輸送船は供給過剰となる見込みだという(*6)。さらに、他の貨物への転用が困難であるという点においても、LNGタンカーは大きなリスクに直面している。