多排出セクターにおける 企業のトランジション計画策定状況調査レポート2025 自動車セクター
調査の趣旨
KSIでは2023年、日本企業において移行計画の具体化がどの程度進んでいるのかを明らかにするため、多排出産業と銀行セクターを対象に移行計画策定状況調査を実施、公表した。調査からは、排出量の実績についての開示は進んでいる一方、科学的な根拠に基づいた1.5度目標の設定と排出経路の提示、排出削減目標を達成するための特に短期的な実行計画、Scope3の削減目標設定などにおいて課題があることが分かった。今後はより野心的な目標への更新に加え、計画の履行状況と目標の達成状況が問われていくことになる。
これを踏まえ、第2回目となる本調査では、移行計画の全体像を把握することに重点をおいた前回調査の視点を踏襲しつつ、実行計画の履行状況、排出量削減実績、そして事業ポートフォリオや資本配分等の計画が移行計画に整合するものであるかという視点により注目して調査を実施した。さらに、海外企業と比較をすることで、日本企業の現状や課題を捉えることを試みた。
調査対象企業
トヨタ自動車株式会社
本田技研工業株式会社
日産自動車株式会社
三菱自動車工業株式会社
スズキ株式会社
(参考海外企業)
General Motors Company (U.S.A)
Mercedes-Benz AG (Germany)
Hyundai Motor Company (Korea)
Key Findings
Scope1&2 排出削減目標 (指標 1.1)
日本企業5社ともScope1,2の2050年カーボンニュートラルを目指し、2030年/35年の中間目標を設定
トヨタとスズキの2社は工場のカーボンニュートラル目標を別に設定
海外企業3社は、カーボンニュートラル目標を2039年~2045年と早い時期に設定
Scope3 排出削減目標 (指標1.2)
5社中4社は製品CO2排出量(走行距離当たり平均CO2排出量)の2050年カーボンニュートラルを目指す
海外企業ではGMとMercedesが同指標でそれぞれ2040年、2039年のカーボンニュートラルを目標とする
ライフサイクル排出量の短・中期削減目標を設定しているのはトヨタ、日産の2社と、海外企業ではMercedes
排出削減目標の野心度(指標1.3)
2050年までの排出経路でスズキを除く日本企業4社と海外企業3社は1.5℃に整合、スズキは2℃以下の範囲
2035年の中期では、三菱が1.5℃整合、トヨタ、ホンダ、Mercedes、Hyundaiが2℃以下、他3社は現行政策シナリオ
事業ポートフォリオ計画(クルマの電動化計画)(指標1.4)
各社とも電動化目標を比率または台数で設定
将来、ZEVのみを製造・販売するとする100%電動化目標を掲げるのは日本企業では1社(ホンダ)のみ
ホンダも含めて、EV需要の低迷を受け、日本企業ではHEVを強化する傾向が見られる
Scope1及びScope2の排出量削減実績(総量)(指標3.1)
日本企業各社は総じてScope1,2の排出量は減少傾向
各社の目標基準年から2023年の削減率は16~37%、海外企業ではMercedesが70%と突出している
2030年目標達成に向けて、トヨタはこれまで以上のペースで排出削減を進める必要がある
Scope3 カテゴリ11の削減実績(総量)(指標3.2)
日本企業5社中3社が3年間で排出量減少、1社は2年連続で増加
各社は新車平均排出量(gCO2/km)の削減率を目標として設定しているが、排出量の実績の開示は少なく、透明性に課題
ライフサイクル排出量の削減実績 (指標3.2.4)
ライフサイクルでの削減率実績を開示しているのは5社中2社
全社とも走行からの排出(Scope3カテゴリ11)実績は開示も、調達や廃棄など他カテゴリそれぞれの実績を開示しているのは3社に留まる
内部炭素価格の適用(指標3.3)
内部炭素価格を採用しているのは5社中4社、想定炭素価格の開示まで行っているのは2社
排出削減目標と役員報酬の連動 (指標3.4)
5社中3社において、CO2排出削減が執行役員報酬のインセンティブになっている
実行計画と履行状況(指標2.1)
各社が調達、車両製造、物流、廃棄などバリューチェーンの各段階で排出削減に取り組む
最大の排出源である走行段階での削減策では、BEVの市場投入を進めるとともに燃料電池やバイオ燃料など電動化以外の技術実装にも取り組む
2番目に大きな排出源である調達においては、5社中2社が低炭素鋼材調達の取組みを開示、海外企業2社は調達目標も設定
資本配分(指標2.4)
電動化関連投資額実績を開示している日本企業は5社中4社で、総投資額に占める割合が高いのは三菱
スズキは将来の投資計画について電動化以外の使途についても開示している
Mercedesは欧州開示基準に従い資本配分内訳を開示、全投資がタクソノミー適格
総じて、各社が電動化を含む脱炭素型事業、従来型のICE車事業にそれぞれどの程度投資していくのか、資本配分を知ることは難しい
考察
日本企業5社はいずれも2050年のカーボンニュートラルを目指し、中間目標を設定している。各社の目標基準年から2023年までのScope1,2の排出削減実績を見ると、削減率の小さい企業でも16.7%、大きいところでは37.6%の削減を達成している。各社の目標と基準年、2023年度実績は次の通りである。
トヨタ:2035年に2019年比-68%/ -20.6%
ホンダ:2030年に2019年比-46%/ -37.6%
日産:総量目標なし/ -28.4%(原単位目標基準年2018年の総量比)
三菱:2030年に2018年比-50%/ -33.9%
スズキ:2030年に2022年比-42%/ -16.7%
この実績値から基準年以降の年平均削減率を計算し、目標達成のために今後必要となる年平均削減率と比較すると、ホンダと三菱はこれまでより緩やかなペースでも目標達成できる見込みである一方、トヨタはこれまでの年平均5.6%に対し今後は7.3%の削減が必要となる(総量目標を設定していない日産、基準年が2022年度のスズキは除く)。
直近3年間のScope1、2排出量推移では5社とも減少傾向であるものの、トヨタとスズキは増加した年もみられる。
自動車セクターのScope1,2の削減には製造工程の電化とクリーンエネルギー調達が鍵となる。海外企業ではMercedes-Benzが、主に製造工程の電化と再エネ由来電力の調達により基準年比で70.4%削減という大幅な削減を達成している。各社の再エネ導入目標や取組みを見ると、調査対象の海外企業はいずれも定量的な調達目標を掲げ、PPA(Power Purchase Agreementの略称で、電気購入契約を指す)も積極的に導入している様子がうかがえる。一方、日本企業では目標設定や再エネ比率の開示は見られない。トヨタは欧州・南米全工場で再エネ調達100%を達成しており、各社とも工場での自家発電を進めているものの、PPAを含む再エネ導入拡大についてはこれからという印象である。他社も含めて、今後の再エネ調達の取り組みに注目しておきたい。
自動車セクターでは、Scope1、2排出量以上にScope3である自動車走行時の排出(カテゴリ11 販売した製品の使用)が突出して多い。走行からの排出量を測る指標として、新車平均の走行距離当たりCO2排出量(g-CO2/km)が使用されており、国内企業、海外企業とも共通して同指標を用いて目標を設定している(Hyundaiを除く)。日本企業5社は、2030年〜2035年の目標を削減率で設定しているが、基準年の実績値の開示がないため、目標年に実数でどの水準を目指すのか、国際的な目標値と整合しているのかを評価することができない。
TPIのカーボンパフォーマンス評価も新車平均CO2排出量を指標にしており、これを参照すると、2030年における1.5℃シナリオに整合する水準は55.16g-CO2/km、2℃以下の範囲は85.99で、三菱が2℃以下の水準に入っているが、他4社は現行政策シナリオの水準である。
基準年だけではなく過去年の実績値の開示も限定的で、トヨタは国別に開示しているが、日産と三菱は開示が義務付けられている欧州における実績のみ、ホンダとスズキは開示がない。日本をはじめ欧州以外の国地域では現時点で開示の義務はないが、目標設定に使用している事を踏まえると、実績データの開示は必要であると考える。
将来のクルマの電動化計画について、各社とも長期的にはBEVが主となる構図を描いているが、日本企業の目標は海外他社に比べ緩やかな、しばしば消極的と指摘される内容となっている。「電動化100%」を掲げているのはホンダ(2040年)、三菱(2035年)、スズキ(日本、欧州で2030年)だが、ホンダが対象とするパワートレインがBEVとFCEV (いずれもZEV) であるのに対し、三菱はBEVの他HEVとPHEV、スズキはHEVを含めての目標である。背景には、電動車にPHEV、HEVを含めて乗用車新車販売における割合を2035年に100%とすることを目指す政府目標がある。特にHEVは国内の乗用車販売台数の50%以上を占め日本企業が強みを持つが、国際的にはZEVに含まれていない。また、後述のEV100ではPHEVもZEV対象から外している。
さらに近年、BEVの需要低迷を受けて、本調査期間中にBEV目標を後ろ倒しにする企業が複数見られた。例えば、ホンダは今年5月に四輪事業戦略の軌道修正を発表、2030年のBEV販売比率目標を引き下げるとともに、HEV強化の方向性を示した。同様に三菱は、自社製BEVを2モデル市場投入する計画だったが、当面はHEVとPHEVに専念しBEVはパートナーからのOEM供給を活用する戦略への変更を発表した。米国、欧州をはじめとした各国・地域の政治や市場の変化により、自動車セクターはいま大きな転換点にあると言える。各社の今後の動きを注視したい。
IEAのEV Outlook2025(*1)によれば、2024年の世界のEV販売は1700万台を突破し増加し続けている。欧州や米国では補助金の終了や縮小等の理由で伸び率の鈍化が見られるが、それでも販売台数は増えている。また、新興国では高い成長率を見せており、EVへの移行の大きなトレンドは続くとみられる。
EVシフトにおいては、バッテリー製造に必要な鉱物の採掘が、環境負荷と排出量の観点からしばしば課題として挙げられてきた。しかし、すでにリチウムの90%以上、ニッケル・コバルトの95%以上がリサイクル電池から回収されており、電池リサイクル技術の進化により、2040年には鉱山からの新採掘量が大幅に削減可能だとする報告がある。バッテリー価格は徐々に低下していくと言われており、課題とされていたバッテリー製造段階での環境負荷も減れば、EVはコスト、環境両面からより合理的な選択肢となるだろう(*2)。
EVの普及には、エネルギーのグリーン化、充電インフラの整備、需要喚起など様々な課題がある。こうした課題は自動車メーカーのみで解決できるものではなく、政策による後押しが不可欠だ。
需要側の動きを見ると、気候リーダーズパートナーシップ(JCLP)が商用車のゼロエミッション車への転換加速に向けた提言を行い、政府による明確な方向付けと柔軟な制度運用、インフラ開発への補助金、需要喚起などを求めている(*3)。事業で使用するモビリティを100%ゼロエミッションにする国際企業イニチアチブであるEV100には、日本を含む世界で114社が加盟しており、脱炭素を目指す企業からの要請は今後さらに高まっていくと思われる。
なお、エネルギーのグリーン化については、発電の化石燃料比率に関わらずライフサイクルではEVが最も排出量が少ないという、EVの普及促進においてエネルギーの再エネ化を待つ必要はないことを示唆するような研究報告もある(*4)。
本調査で比較対象とした海外企業では、充電インフラの構築に積極投資をしている例が見られ、自動車メーカー自身がインフラ整備に乗り出しているのが印象的だ。日本でも、政府、企業、地域の連携によりEV普及が進むことに期待したい。
ライフサイクル視点の拡大
クルマの環境性能評価のバウンダリにおいては、世界的に広くTank-to-Wheelが使われてきたが、日本では走行からの排出が少ないEVとPHEVを公正に評価するため2016年からWell-to-Wheelが採用されている。近年ではさらにライフサイクル評価(LCA)にバウンダリを拡大する動きがある。
本調査対象企業では、5社中4社がライフサイクルで2050年カーボンニュートラルを目標としている。一方で、短・中期目標を掲げているのは2社のみで、削減率実績の報告をしているのもこの2社のみであった。また、ライフサイクル排出量の算出については詳細が開示されておらず、Scope3のどのカテゴリを対象としているのか分からない。
海外企業では、Mercedesが製品ごとの環境評価を360℃ Environmental Checkとして公開している(*5)。車種ごとに、原材料の調達から製造、クルマの使用、廃車までのライフサイクルにわたる環境影響を包括的に評価し、詳細なレポートとして顧客やステークホルダーに情報提供している点が他社比較の上で優れている。同社はこの取り組みを2005年から行っており、第三者検証も受けている。
EUではLCA評価の方法論を検討中で、2026年から任意でライフサイクル排出量の報告を求める方向である(*6)。日本でも、自動車工業会がLCA評価を支持、評価ガイドラインを策定している(*7)。今後LCA評価が拡大していくと見られ、各社にはLCA評価結果の開示やライフサイクルでの排出削減目標の設定が求められる可能性がある。正確な相対評価のためにもバウンダリや算定方法の統一が図られることを期待したい。
グリーンスチール調達
自動車セクターにおいて調達からの排出は走行に続いて大きく、そして自動車製造において重要かつ最も多く使われている材料が鉄である。前述のようにライフサイクルでの排出削減が今後より求められていくとすると、自動車セクターのScope3排出削減において低炭素鉄の調達は重要度を増す。
本調査で各自動車メーカーのグリーン鋼材調達のコミットメントについて調べたところ、日本企業では一部製鉄会社からのグリーン鋼材調達の取組みが見られた一方、調達目標などコミットメントはなかった。世界的には、First movers coalitionやResponsibleSteel、SteelZeroといった鉄鋼分野の脱炭素に取り組むイニチアチブが動いているが、日本の自動車メーカーで加盟している企業はない。
鉄鋼セクターは脱炭素への移行が急がれる多排出セクターであり、同セクターの脱炭素において主要な顧客である自動車メーカーの役割は大きく、この意味からも車両製造における低炭素鉄の使用に対する社会の要請が高まる可能性がある。一方で、グリーンスチールについては国際的に統一された定義が未だなく、今後の動向を注視していく必要がある。
グリーン鉄の市場形成をリードすることを目指すEUはEuropean Steel and Metals Action Plan(*8)を策定、日本でも供給側、需要側への支援策や規制が検討されており(*9)、今後さらに議論が高まっていくと思われる。
また、経産省は2025年度のクリーンエネルギー自動車導入促進補助金の評価基準に新たにグリーンスチールに関する項目を追加し、低炭素鋼材の導入に関する自動車メーカーの計画や取組みに応じて補助金を最大5万円増額するとした。こうした需要喚起策により、自動車メーカーによるグリーン鋼材調達のコミットメントが広がることを期待したい。
資本配分計画
移行計画に関する各種ガイダンスで開示が推奨されており、企業の脱炭素戦略の実効性と透明性の確保において重要度を増していると言えるのが資本配分計画である。脱炭素目標とあわせ、どのような事業や技術、あるいは設備に資本を投じるかを明確に示すことは、計画への信頼性を高めるだろう。
現状では、電動化への投資額はほとんどの企業が開示しているが、電動化を含む脱炭素型事業にどの程度投資していくのか、従来型の内燃機関車にはどの程度の投資を続けるのか、全体像を知ることは難しい。また、電動化以外の脱炭素施策への投資額についてはほぼ開示がないが、各社が進める工場カーボンニュートラルやライフサイクルカーボンニュートラルの取組みにおいても多くの設備投資や研究開発があると考えられ、戦略と合わせた資本配分の開示が期待される。
公正な移行
公正な移行は、脱炭素経済への移行のなかで雇用や地域に与える負の影響を最小限に抑え、持続可能な社会への移行を実現するために重要な概念である。
公正な移行に関する企業の開示は現状ごく一部に限られており、日本企業では、トヨタが雇用を守るための選択肢の一つが水素エンジンであると言及しているほか、日産が「公正な移行の考えを実践しカーボンニュートラルの実現を目指す」と一言触れているが、いずれも詳細はなく、他社については言及もされてない。海外企業も同様だが、調査対象企業においてはMercedesが一歩進んだ開示を行っている。同社は、公正な移行へのコミットメントを表明するとともに、人事戦略、サプライチェーンにおける人権の尊重、責任ある政策とエンゲージメント、コミュニティーエンゲージメントを注力分野と位置づけ、Mercedesのアプローチを公開している。
公正な移行はこれまで企業の移行計画策定における重要度は高くなかったかもしれない。しかし、サプライチェーンが複雑な自動車セクターにとってはとりわけ重要かつチャレンジングなトピックで、今後ますます注目されると思料する。