多排出セクターにおける 企業のトランジション計画策定状況調査レポート 石油・ガスセクター
調査の趣旨
KSIでは2023年、日本企業において移行計画の具体化がどの程度進んでいるのかを明らかにするため、多排出産業と銀行セクターを対象に移行計画策定状況調査を実施、公表した。調査からは、排出量の実績についての開示は進んでいる一方、科学的な根拠に基づいた1.5度目標の設定と排出経路の提示、排出削減目標を達成するための特に短期的な実行計画、Scope3の削減目標設定などにおいて課題があることが分かった。今後はより野心的な目標への更新に加え、計画の履行状況と目標の達成状況が問われていくことになる。
これを踏まえ、第2回目となる本調査では、移行計画の全体像を把握することに重点をおいた前回調査の視点を踏襲しつつ、実行計画の履行状況、排出量削減実績、そして事業ポートフォリオや資本配分等の計画が移行計画に整合するものであるかという視点により注目して調査を実施した。さらに、海外企業と比較をすることで、日本企業の現状や課題を捉えることを試みた。
調査対象企業
ENEOSホールディングス株式会社
出光興産株式会社
コスモエネルギーホールディングス株式会社
株式会社 INPEX
石油資源開発株式会社
(参考海外企業)
BP.p.l.c (U.K)
TotalEnergies SE (France)
Chevron Corporation (U.S.A)
ExxonMobil Corporation (U.S.A)
KEY FINDINGS
Scope1&2 排出削減目標 (指標 1.1.1)
5社ともScope1,2排出量を2050年にネットゼロとすることを目標とする
上流開発におけるメタンの排出量削減目標は2社が設定
Scope3 排出削減目標 (指標1.2)
2社がScope1〜3を全て含めた原単位(エネルギー供給量あたりの排出量)の目標を設定、
1社がScope1〜3総量での2050年ネットゼロを目標とするが、削減貢献量の取扱に注意が必要
海外企業4社中2社は石油・ガスセクター最大の排出源であるScope3カテゴリ11の総量削減目標を設定
排出削減目標の野心度(指標1.3)
2050年までの排出経路で5社中2社は現行政策シナリオの水準、1社はシナリオ範囲外
いずれも1.5℃シナリオや2℃以下シナリオへの整合は確認できない
事業ポートフォリオ計画(指標1.4)
天然ガス・LNGを「移行期に必要なエネルギー」として事業拡大の意向を示す企業が3社
化石燃料事業を営業利益ベースの比率・規模の両方で縮減することが確認できるのは1社のみ
Scope1及びScope2の排出量削減実績(総量)(指標3.1)
2030年目標達成のためには5社中3社がこれまで以上のペースで排出削減を実行する必要がある
出資比率基準の排出量の開示がない4社は、権益を持つ事業が集計対象になっていない可能性がある
メタン排出量実績(指標3.1)
メタン排出総量の3年間の増減傾向は、5社中2社が減少、2社が増加
海外企業は4社とも減少している
Scope3 カテゴリ11の削減実績(総量)(指標3.2)
Scope3カテゴリ11の3年間の排出量実績をみると、5社中3社が増加傾向
海外企業は、経年データの確認ができる3社中2社において減少している
内部炭素価格の適用(指標3.3)
調査対象企業5社全てが排出量に伴うコストの分析に内部炭素価格を適用
投資案件の分析に適用しているのは3社
実行計画と履行状況(指標2.1)
再生可能エネルギーは、ENEOSが最も大きい規模、コスモは風力発電の開発に経営資源を投入
5社とも「先進的CCS事業」に参画、いずれも2030年の事業開始を計画
資本配分(指標2.4)
5社中3社で炭素集約型事業への投資額が増加
5社全てが、現中期経営計画において炭素集約型事業への投資額が脱炭素型事業の投資額を上回る
海外企業4社においても同様の傾向が見られる
石油・ガス生産量計画と新規開発計画(指標2.6)
2030年までの石油・ガス生産量は、日本企業5社中3社、海外企業は4社全てが増産の計画
コスモを除く4社が2023年以降に参画・権益獲得した開発計画を持つ
考察
調査対象企業5社は、2050年までに少なくともScope1,2の排出についてネットゼロとすることを目標に掲げている(Scope3については後述)。その実現のためには、2023年にCOP28で合意がなされたように*1、早期に低炭素の代替エネルギーを事業化し、化石燃料からの脱却を目指すことが求められる。そこで本調査では、各社の移行計画やカーボンニュートラル計画に加え、中長期ビジョンや中期経営計画、投資家向け資料などを基に、化石燃料事業の方向性について、2050年ネットゼロの目標と一致しているか確認することを試みた。その結果を以下に列挙する。
化石燃料事業の継続の意向を調べたところ、3社(ENEOS、INPEX、JAPEX)が天然ガス・LNGを「移行期に必要なエネルギー」として事業拡大の意向を示している。
新規開発計画の観点では、コスモを除く4社が2023年以降に参画・権益獲得した開発計画を持つ。
2030年までの石油・ガスの生産量の計画においては、5社中3社が増産の計画(ENEOS、コスモ、INPEX。ただしコスモは2022年以降新規の開発計画は持たない)。
2030年以降の事業ポートフォリオの計画をみると、3社(ENEOS、出光、コスモ)は化石燃料事業の比率を下げるとしているが、規模の面でも縮減することが確認できるのは出光のみだった。
投資計画では、出光を除く4社が、現中計において炭素集約型事業への投資額が脱炭素型事業の投資額を上回る。(ただし、炭素集約型と脱炭素型の分類は現時点で財務報告上の規定がないため、企業の任意の開示に基づいている。この点は開示の課題として後述する。)
以上を総合すると、辛うじて出光が2030年以降に化石燃料事業の比率・規模ともに縮小、投資計画においても炭素集約型事業よりも脱炭素型事業に比重をかけ、2050年ネットゼロの方向性と一致が見られるものの(ただし出光は2025年1月にノルウェーの開発計画の権益を取得)、4社は化石燃料事業を2030年以降も拡大するとみられる。
天然ガス・LNGを「移行期に必要なエネルギー」とする主張の背景には、石油に比べて二酸化炭素の排出が少ないという前提があるようだが、天然ガスはメタンを主成分とし、採掘や生産(余剰ガスの焼却やパイプラインからの漏洩など)の過程でメタンを排出する。メタンは二酸化炭素と比較して、温暖化係数が100年間で28倍、20年間で約84倍という強力な温室効果ガスである。
メタンのリスクについてはこれまでも様々な機関から報告されており、石油・ガス業界のイニシアティブもメタンの重要性を認識し、削減活動を進めている。しかし、天然ガス・LNG事業拡大の意向を示す3社(ENEOS、INPEX、JAPEX)において、メタン削減目標の設定、削減対策の情報開示、イニシアティブへの参加、排出量実績など様々な側面で、改善の余地がある。例えばINPEXは、メタン排出原単位で0.1%以下と低い水準を維持しているものの、総量では直近3年間で45%増加している(海外企業4社はいずれも総量で減少傾向にある)。
5社のうち、TPIのカーボンパフォーマンス評価の対象となっているENEOS、出光、INPEXの3社は、2035年までの中期目標では現行政策シナリオの水準にも届かない「シナリオ範囲外」で、2050年長期目標でもENEOSと出光が現行政策シナリオ、INPEXはシナリオ範囲外である。コスモは基準年が同じENEOS、出光と比べて2030年の目標削減率が低いことから、同2社よりパフォーマンスが良いとは考えられない。JAPEXはどの水準にあるか確認ができない。
こうした現状の目標に照らしても、排出量実績は、2030年目標達成に向けて、ENEOS、出光、コスモの3社はこれまで以上のペースで排出削減を実行する必要がある。INPEXとJAPEXは検証ができない(INPEXは総量目標が単体しかないため。JAPEXは2021年のカナダのオイルサンド事業集結による削減効果が大きいため。)
化石燃料事業を縮小せず、これまでよりもハイペースで排出量を削減する方法はあるのだろうか?おそらく、各社の取り組みから見える最も有力な方法はCCSだろう。政府として2030年までにCCSを事業化することを目指して制度面から後押ししている背景もある。5社全てが「先進的CCS事業」の選定を受け、3社は年間処理量の目標も設定している。特に天然ガス・LNGを成長事業とするINPEX、JAPEXはCCSを重点施策に位置付けている。
次世代エネルギーの開発については進展が見られる。再生可能エネルギーでは、コスモが2025年3月末時点で2025年度の設備容量目標を既に達成している*2。ENEOSは国内再エネ市場が中長期的に成長すると予測して取り組みを拡大する姿勢*3。水素・アンモニア・合成メタンは事業化が概ね2030年頃となる見込みだが、設備の建設が進む。
石油・ガスセクターのGHG排出の中で、Scope3、中でもカテゴリ11(販売した製品の使用)は最大の排出源である。今回調査対象の日本企業は5社ともカテゴリ11の排出量がScope1〜3合計排出量の約7割以上を占める。海外企業4社中2社(BPとTotal)がScope3カテゴリ11の総量削減目標を設定しているが、日本企業5社の目標は、Scope1〜3合計のエネルギー供給量あたり排出原単位や、Scope1〜3総量でオフセットを前提とした目標である。これらの指標の進捗と合わせて、各社のカテゴリ11の排出量実績は注視しておきたい。
現時点ではScope3の削減目標を設定すべきとするガイドラインはないが、IIGCCとTPIによる石油・ガスセクターの投資家向け評価フレームワーク Net Zero Standard for Oil and Gas Assessment Framework *4ではScope3の目標設定が重視されていることから、投資家の関心が高まっていることがうかがえる。
また、Scope3ではなく削減貢献量を目標に取り入れる企業が2社見られたが、削減貢献量は国際的に統一されたガイダンスがまだないため、利用する企業は算定の対象や算定方法を明らかにする必要がある。新たに削減貢献量の目標を設定したINPEXはその点がまだ開示されていない。コスモはScope1,2の排出量から削減貢献量を差し引いて目標設定を見込んでいるが、国内外のガイダンスを参照すると、削減貢献量をオフセットに用いることは認めないとされている*5。
内部炭素価格
本調査レポートを執筆中の2025年3月25日に、JAPEXが英国の油田開発を行ってきた連結子会社JAPEX UK E&P LIMITED の全株式譲渡を発表した。英領の油田開発における利益に課せられる税率が一部引き上げられ、事業収益性の確保は困難と判断したためと同社は説明している。石油・ガスセクターは今後カーボンプライシングへの備えとして内部炭素価格の導入が重要になるだろう。日本ではGX推進法に基づいて2028年度に「化石燃料賦課金」が導入される予定だ。財務に影響する気候変動の移行リスクとして、株主・投資家の関心も高いと思われる。
本調査で内部炭素価格の適用について調べたところ、5社全てが排出量に伴うコストの分析に適用する一方、投資案件分析への適用が確認できたのは2社(出光、INPEX)だった。
内部炭素価格の導入状況とその価格については、2025年3月5日に最終版が公表されたサステナビリティ開示基準においても開示項目に含まれる。同基準は2027年3月期以降、時価総額に応じて順次適用が開始される。
投資計画
資産配分や投資計画は企業の脱炭素戦略の実効性を示す重要な指標であり、TPIやTPT等の移行計画に関する各種ガイドラインで開示が推奨されているほか*6、EU開示基準では炭素集約型事業と脱炭素型事業への資本配分に関する情報開示が明確に求められている*7。グリーンウォッシュのリスクを避ける意味でも、移行計画と投資計画・実績が整合していることを示すことは重要だと言える。
日本においては、現状の報告制度上はそのような開示義務はなく、炭素集約型と脱炭素型の事業それぞれの投資額や総投資額に占める割合といった情報を得ることは困難であるが、2025年3月5日に公表されたサステナビリティ開示基準では、気候関連の資本投下に関する開示項目として「気候関連のリスク及び機会に投下された資本的支出、ファイナンス又は投資の数値」が盛り込まれた。開示基準の適用義務化の時期は未だ確定ではないが(2027年3月期から時価総額に応じて段階的にという観測がある)、2025年3月期から任意適用が可能となっている。石油・ガス企業においては、エネルギーの脱炭素化における役割の重大さや、株主・投資家の関心を鑑みて、制度の適用を待たずに開示することを期待する。(なお、開示基準の「数値」は「金額」と読み替えて開示することを合わせて期待したい。)
排出量の算定対象
石油・ガスセクターは、今回の調査対象企業5社に限らず、世界各地で探鉱・開発・生産を行っている。こうした事業の中には、経営・財務支配力を持たずに出資という形で権益を保有しているケースがある。そのため、石油・ガスセクターのGHG排出量報告範囲について、IPIECAのGHG排出報告ガイダンス及びGHGプロトコルは、支配力基準と出資比率基準のいずれかを、GHGインベントリを考慮した上で選択することを推奨している。調査対象企業の中ではINPEXがデータごとにいずれの基準に沿っているかを記載し、ENEOSが支配力基準を採用しているが、他3社は連結ベースで、除外されている子会社を確認できないケースもあり、主要な開発事業や生産・製造事業が漏れていないか、確認することが困難であった。海外企業4社は排出量実績を2つの基準で開示していることからも、改善の余地があると考える。
石油・ガスの生産量計画
各社の石油、ガスそれぞれの生産量計画は、移行計画の実効性を評価する上で重要な情報であり、前述のNet Zero Standard for Oil and Gas Assessment Framework (*4)でも中長期計画の開示が求められている。一方、2030年の生産量計画の開示が確認できたのはコスモのみで、石油とガスそれぞれの計画を示している企業はなかった。
海外企業を含めて石油ガスメジャーがLNGを移行期に必要なエネルギーと位置づけ事業を拡大しているが、前述の通り天然ガスにはメタン排出による温暖化リスクが伴う。各社がどのような生産計画を立てているか、そしてそれがどう企業の移行戦略に整合するのかは、今後ますます注目されていくと思われる。
注釈